山の水と川の水
投稿者: sustainabilitian 投稿日時: 2010/04/29 01:12 投稿番号: [53 / 67]
子供のころは全く理解できなかったことに、水が山からくるということがあり、自然の恵みを現代生活に効率よく利用するには考える必要があります。
富士山は巨大な水瓶であり、山頂に降った雨は五十年とも百年とも言われる歳月を経て裾野から溢れ出す、その水を利用しやすい所に人々が集まるけれども、富士山は恵みが巨大すぎるので、人間によって利用されないまま海へ流れる量が多い。
そのため、これを水資源利用のフロンティアと見て工場が進出して、日本一の富士山の麓は工場だらけになる。
山の懐が小さい博多などはどうしても水不足になり易く、山の懐が深い越後では、稲作や清酒醸造が盛んになる。
かつての江戸の町は、人口百万の当時世界最大の都市でしたが、山の手では井戸が深くて大変で、下町は人口が集中しすぎて井戸だけではどのみち足りない。
そこで、太宰治が入水した玉川上水をはじめとする「上水道」が発達したのですが、要は山の水が得られないため、川の水を飲んでいたのであって、江戸っ子は水道の水で産湯をつかったと倒錯したプライドを持っていたそうですが、当時は江戸で出た大小便は多摩の百姓に買われて肥料にされていたわけですから、なかなかきわどいリサイクルであったと思われます。
実は、江戸以上の都市が存在しなかったのは、もっぱらこの水の問題があり、古代の最大都市ローマでは、山の水を水道橋で引いてきて市民を養ったわけですし、現代の大都市、たとえばミュンヘンなどでも山の水を数十キロ引いてきて市民に供給しています。
戦後の日本ではGHQの指令で水道を塩素で殺菌することになり、晒し粉が入った水を飲んで育つことは都会人の象徴のように考えられていますが、同じアメリカ軍の支配下にあったドイツでは、のらりくらりとアメリカの要求をかわして、塩素を入れない天然水を飲むことにこだわったそうですから、お上の体質の違いが表れていますね。
つまり、われわれのこれまでの認識とは逆で、山の水が豊富で水道水の水質が良い日本に対して、水が少ないためにとても水道など飲めたものではないのが欧州だと思いきや、欧州ほど水道水でも山の天然水にこだわり、それでも飲み水にはさらに良い水を求める傾向があるのに対して、山の水を利用するのを古い技術と短絡し、川の水に薬品を入れて飲まされながら、さらにその水を確保するために川の水をダムにためようとするのが日本人ということになります。
ちなみに、山のないオランダでも天然水への志向は強いそうで、オランダの水道水は川の水を田んぼのような浅い池に溜めて、浸透させて地下水を増やした後で地下水を汲み上げて水道に供給しているそうですから、山の水にこだわる欧州人の執念が感じられます。
群馬県の八ツ場ダムの賛否は分かれるそうですが、そもそもは肥大化した東京が水系の異なる上州の水に頼らざるを得ないのが問題なのであって、自然の恵みで暮らしたければ、そうい都市問題も密接にかかわってくるんじゃないかと思います。
ちなみに、利根川は元は東京と千葉との間に流れていたそうですが、家康が江戸を水害から守るために川筋を変えて銚子の方に流したことが知られています。
それでいて、現代の東京では荒川水系だけでは足りないので、利根川の水を武蔵水路を通して荒川に足して都民に供給していることになります。
この辺は、京都府立医専の鯖田豊之さんの「水道の思想」からの受け売りが中心ですが。
富士山は巨大な水瓶であり、山頂に降った雨は五十年とも百年とも言われる歳月を経て裾野から溢れ出す、その水を利用しやすい所に人々が集まるけれども、富士山は恵みが巨大すぎるので、人間によって利用されないまま海へ流れる量が多い。
そのため、これを水資源利用のフロンティアと見て工場が進出して、日本一の富士山の麓は工場だらけになる。
山の懐が小さい博多などはどうしても水不足になり易く、山の懐が深い越後では、稲作や清酒醸造が盛んになる。
かつての江戸の町は、人口百万の当時世界最大の都市でしたが、山の手では井戸が深くて大変で、下町は人口が集中しすぎて井戸だけではどのみち足りない。
そこで、太宰治が入水した玉川上水をはじめとする「上水道」が発達したのですが、要は山の水が得られないため、川の水を飲んでいたのであって、江戸っ子は水道の水で産湯をつかったと倒錯したプライドを持っていたそうですが、当時は江戸で出た大小便は多摩の百姓に買われて肥料にされていたわけですから、なかなかきわどいリサイクルであったと思われます。
実は、江戸以上の都市が存在しなかったのは、もっぱらこの水の問題があり、古代の最大都市ローマでは、山の水を水道橋で引いてきて市民を養ったわけですし、現代の大都市、たとえばミュンヘンなどでも山の水を数十キロ引いてきて市民に供給しています。
戦後の日本ではGHQの指令で水道を塩素で殺菌することになり、晒し粉が入った水を飲んで育つことは都会人の象徴のように考えられていますが、同じアメリカ軍の支配下にあったドイツでは、のらりくらりとアメリカの要求をかわして、塩素を入れない天然水を飲むことにこだわったそうですから、お上の体質の違いが表れていますね。
つまり、われわれのこれまでの認識とは逆で、山の水が豊富で水道水の水質が良い日本に対して、水が少ないためにとても水道など飲めたものではないのが欧州だと思いきや、欧州ほど水道水でも山の天然水にこだわり、それでも飲み水にはさらに良い水を求める傾向があるのに対して、山の水を利用するのを古い技術と短絡し、川の水に薬品を入れて飲まされながら、さらにその水を確保するために川の水をダムにためようとするのが日本人ということになります。
ちなみに、山のないオランダでも天然水への志向は強いそうで、オランダの水道水は川の水を田んぼのような浅い池に溜めて、浸透させて地下水を増やした後で地下水を汲み上げて水道に供給しているそうですから、山の水にこだわる欧州人の執念が感じられます。
群馬県の八ツ場ダムの賛否は分かれるそうですが、そもそもは肥大化した東京が水系の異なる上州の水に頼らざるを得ないのが問題なのであって、自然の恵みで暮らしたければ、そうい都市問題も密接にかかわってくるんじゃないかと思います。
ちなみに、利根川は元は東京と千葉との間に流れていたそうですが、家康が江戸を水害から守るために川筋を変えて銚子の方に流したことが知られています。
それでいて、現代の東京では荒川水系だけでは足りないので、利根川の水を武蔵水路を通して荒川に足して都民に供給していることになります。
この辺は、京都府立医専の鯖田豊之さんの「水道の思想」からの受け売りが中心ですが。
これは メッセージ 52 (oomoriyan66 さん)への返信です.