Re: それが人間です
投稿者: sustainabilitian 投稿日時: 2010/03/14 22:30 投稿番号: [38 / 67]
まずは、
>>吉村仁さんという人が、一般の市民の知性をどの程度だと考えているのか分かりませんが、先進国人というのは、合理的なルールの下に正しい知識を与えられれば、一人ひとりが非常に合理的な行動をするものです。
それぞれの家から満員電車を介してそれぞれの職場に到達することや、混雑した高速道路でめいめいが時速100kmで走りながら、人命や器物を損なうこともなくそれぞれの目的地へ向かうのも、人間の理性が反エントロピー的な行動をするからであり、たとえ未開の社会であっても獣的な欲望が無軌道に拡大するようなことはありません。
>>吉村さんのような立場の人々は、一般の人々に正しい知識を与え、合理的なルールを考えるのが仕事のはずですが、少なくとも吉村さんにはその能力も意志もなく、どうせ一般ピーポーはバカだからどうにもならないんだ、という理屈をつけて、役割をサボっていることになりますね。
反応しづらいのは分かりますが、実は意外なほど重要な部分なんですね、
というのも、
>>日本でも、昭和30年台の農村では鍵なんてかけていませんでした。鍵をかけられる戸でもなかった。夜にしんばり棒かませるくらい。
>>貧しく現金もあまり持たない、ムラに不審な人が入ってきたらそれだけで緊張した人が集まってくる、
>>かつての日本は、貧しくともムラ社会があり互助がまだありました。それを知る人々がまだおり社会に対する信頼が残っているので、阪神大震災の時は整然と行動しました。
>>つぎはそれができるか・・・
>私は、鍵をかけなくても生活できる地域社会がいいと考えます。
>生活する上で、ムラ人どうしの信頼と互助が基礎としてあるので、最も大事とされる安全・安心が、保ち易い。
>ムラで日々の生活ができる、地産地消ということが、交通需要を減らせる。
>ムラ社会で、後継者を育てることで、維持しやすい。
>このような地域社会の断片が、多々集まって全体を構成する。全体は、地域社会の断片と相似となり、信頼と互助を基礎とした安全・安心社会が建設できるのではないか?
>私は、今後再生可能資源の生活を目指す観点から、地球が蓄えた遺産資源消費を節約するヒントになると思います。
この辺は、現代の中年学者連中が、自分の育った時代を理想として、今の社会を論じる際に多用される思い付きですが、実際には日本の学歴エリートが最も嫌い、無知蒙昧たる村社会として軽蔑し続け、グローバル化を称賛して潰してきた過去があるからです。
実際には、「欧米」と一口にいっても「欧」と「米」とでは大きく異なる方向に向かっていて、アメリカでは古くから大量消費社会が成立しながらも、田舎の暮らしは、ピューリタンの理想を求めた時代の名残を感じさせる、小ぢんまりとしたコミュニティの社会が今も続いています。
欧州の方は古くから、アメリカからの圧力にまとまって抵抗しながら、コミュニティの維持には相当の腐心をしてきていますが、それは鍵をかけないようなベタベタなものではなく、欧州らしい伝統に従った規律あるコミュニティになります。
ヨーロピアン・コミュニティ(つまりEC)を土台に作られたEUがトルコを除外したのも、ヨーロッパにはキリスト教的な価値観を基礎とした社会制度づくりが重要で、東欧諸国が加入の目標とする場合でも、社会自体に大きな無理がかからず、バランスのとれた発展が望めるところに特徴があります。
その辺の認識の違いに関しては、半世紀以上前の和辻哲郎の「風土」という本が参考になりますが、この本の面白いところは、文系のまともな学生ならほとんどが呼んでいるのに、理系の学生が読むことはほとんどないというところで、環境問題などを扱う際には結構重要かもしれませんよ。
要は、欧米の文明や文化に対する無理解は、今に始まったものではないんですね。
続きは次回。
>>吉村仁さんという人が、一般の市民の知性をどの程度だと考えているのか分かりませんが、先進国人というのは、合理的なルールの下に正しい知識を与えられれば、一人ひとりが非常に合理的な行動をするものです。
それぞれの家から満員電車を介してそれぞれの職場に到達することや、混雑した高速道路でめいめいが時速100kmで走りながら、人命や器物を損なうこともなくそれぞれの目的地へ向かうのも、人間の理性が反エントロピー的な行動をするからであり、たとえ未開の社会であっても獣的な欲望が無軌道に拡大するようなことはありません。
>>吉村さんのような立場の人々は、一般の人々に正しい知識を与え、合理的なルールを考えるのが仕事のはずですが、少なくとも吉村さんにはその能力も意志もなく、どうせ一般ピーポーはバカだからどうにもならないんだ、という理屈をつけて、役割をサボっていることになりますね。
反応しづらいのは分かりますが、実は意外なほど重要な部分なんですね、
というのも、
>>日本でも、昭和30年台の農村では鍵なんてかけていませんでした。鍵をかけられる戸でもなかった。夜にしんばり棒かませるくらい。
>>貧しく現金もあまり持たない、ムラに不審な人が入ってきたらそれだけで緊張した人が集まってくる、
>>かつての日本は、貧しくともムラ社会があり互助がまだありました。それを知る人々がまだおり社会に対する信頼が残っているので、阪神大震災の時は整然と行動しました。
>>つぎはそれができるか・・・
>私は、鍵をかけなくても生活できる地域社会がいいと考えます。
>生活する上で、ムラ人どうしの信頼と互助が基礎としてあるので、最も大事とされる安全・安心が、保ち易い。
>ムラで日々の生活ができる、地産地消ということが、交通需要を減らせる。
>ムラ社会で、後継者を育てることで、維持しやすい。
>このような地域社会の断片が、多々集まって全体を構成する。全体は、地域社会の断片と相似となり、信頼と互助を基礎とした安全・安心社会が建設できるのではないか?
>私は、今後再生可能資源の生活を目指す観点から、地球が蓄えた遺産資源消費を節約するヒントになると思います。
この辺は、現代の中年学者連中が、自分の育った時代を理想として、今の社会を論じる際に多用される思い付きですが、実際には日本の学歴エリートが最も嫌い、無知蒙昧たる村社会として軽蔑し続け、グローバル化を称賛して潰してきた過去があるからです。
実際には、「欧米」と一口にいっても「欧」と「米」とでは大きく異なる方向に向かっていて、アメリカでは古くから大量消費社会が成立しながらも、田舎の暮らしは、ピューリタンの理想を求めた時代の名残を感じさせる、小ぢんまりとしたコミュニティの社会が今も続いています。
欧州の方は古くから、アメリカからの圧力にまとまって抵抗しながら、コミュニティの維持には相当の腐心をしてきていますが、それは鍵をかけないようなベタベタなものではなく、欧州らしい伝統に従った規律あるコミュニティになります。
ヨーロピアン・コミュニティ(つまりEC)を土台に作られたEUがトルコを除外したのも、ヨーロッパにはキリスト教的な価値観を基礎とした社会制度づくりが重要で、東欧諸国が加入の目標とする場合でも、社会自体に大きな無理がかからず、バランスのとれた発展が望めるところに特徴があります。
その辺の認識の違いに関しては、半世紀以上前の和辻哲郎の「風土」という本が参考になりますが、この本の面白いところは、文系のまともな学生ならほとんどが呼んでいるのに、理系の学生が読むことはほとんどないというところで、環境問題などを扱う際には結構重要かもしれませんよ。
要は、欧米の文明や文化に対する無理解は、今に始まったものではないんですね。
続きは次回。
これは メッセージ 35 (oomoriyan66 さん)への返信です.