アクエリアスの時代(実践編)

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雑感01

投稿者: mizno_kirara 投稿日時: 2008/06/19 19:13 投稿番号: [32 / 77]
日ごろ感じることをそのまま書いてみます。
誰に読んでホシイとか言うことも無く、特に真剣に読んでもらおうとは思っておりませんので、こういう意見もあるんだなぁぐらいにお気楽に受け止めて頂ければ幸いです。

           -- 雑感 --

環境とは心の鏡であると思います。
これは意味において二つ真実があり
ひとつは人間とは主観的、感情的な生き物であり感じ方によって世界を意味付けて投影していますから、楽観的な人は楽しく、悲観的な人はより現実を悲しく解釈しがちです。
実際に、恵まれた境遇にあっても人と自分を比べ自分の長所に気付かないのと気付くのとでは全然世界の見え方が変わってくるようですね。

二つには、環境とはある時点の自分の行為が原因になっているようです。
例えば卑近な例ですが、自分の掲示板が荒れるなどする時、直接的には荒らし的な行為者が原因ですが、それ以前に自分で否定的な行為や言葉を他人に投げかけている自分があります。
宇宙はバランスなので、いいことだけ選択できれば良いですが、それだけでは自分の未熟なことが判りにくいでしょう。

刈り取りと言う言葉がありますが、現象の中に自分自身のあり方を見出すならこの世界はもっと違う見え方に変わります。

外部への非難や責任転嫁は、エゴの典型的な働きで注意を外部に逸らすことで内的な問題点から本質を見えないように隠してしまいます。
それで常に自分の意識や行為だけでなく、感じること感じさせられている自分自身をよく観察して勝手にエゴが出て行かないように良く見ていることが大切です。

怒りの反対側に安らぎがあり、苦痛の反対側に快楽があります。
二極は、本来空であるべきものが物質に触れ低次の対(PAIR)を生じた時、仮にそこにあるように見えるものです。
ところが人間のエゴはどちらかしか一度に感じることができません。
実体が無いのにあたかもあるように見えるものを色と呼びますが、色とエゴは本来同じ意味おなじものです。
色は元の空に還元できますから、エゴももともとの実在(I AM)に還元することが可能です。

霊界や魂などと言ったことにまつわる話も、実のところ本質は色です。
こうした話に定説がないのも色である所以です。
実体が無くとも信じることで存在する世界それが霊界でしょう。
ですから、アクエリアスの期間内に私たち各人が心と体の気の浄化に努めるならば、大部分の霊界は消滅するに違いありません。
それとリンクして、こうした本質でない世界にある存在に基本を置く大部分の宗教も無くなって行くでしょう。
これらのモノ的存在は命は無くとも、私たちが注目しそれぞれのアストラル的なエネルギー(生命の一部)を注ぐことで活力を得ています。

無くなって行かないのは本当に本質的な部分、色でない無色的なエッセンスだけです。偶像によらない、従ってものを越えたレベルで世界を理解した上で全ての現象の底にある意味を理解しながら生活しなければと思います。

物質の中にも神聖と呼ばれる本質が隠れていますから、物質を旨く扱えることと霊性とよばれる人間の本質部分とが旨くバランスして行くべきでどちらかに偏ると厄介です。
金が全てなどと言う唯物主義がまがい物のように、霊性ばかりを唱える霊性主義もある意味トンでもないまがい物になる可能性が大です。

実のところ物質と霊性こそ高次の対(PAIR)であるところの迷いの一種です。
2元といいPAIRといい所詮迷いの産物だと了解すればど真ん中の中庸の意味の大切さがわかるでしょう。
普通の普段の生活の中に本質を見つけ、色々な障害にすら感謝できるならそれが一番かもしれません。一見ありふれて見える日常の平凡さも奇跡も同じものでしょうか。
私はそこまで悟りきれないので、まだ非日常が必要な自分を感じています。
非日常を感じたい自分自身がありふれた日常そのものであり、そうした迷いそのものも空です。
解りながらも過ちや迷いを繰り返しながらまわし続ける世界、環境こそエゴであり愛すべき自分ですねぇ!(笑)
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