得られぬものを得るともうし
投稿者: mizno_kirara 投稿日時: 2007/07/16 11:32 投稿番号: [894 / 973]
skyrinnkaさん☆
おはようございます。連休中は物凄い雨の大型台風の接近もあり家で爆睡(笑)しておりました。
>私にとっての課題にはいつもタイムリーなヒントいただいています
>感謝!!
こちらこそ、シュリンカさんの専門知識と深い洞察によってとても勉強させていただいております。
感謝!!
>そこから何かを始めるのは
>誰でもなくて
>その人自身ということなんですね
そうですね、結局自己の問題に収斂してしまいます。
私たち人間は直ぐに原因や責任を外に求めてしまいます。
国際紛争から、些細な個人の掲示板でのいざこざレベルまで、当事者同士で絶えず外部の責任であると主張されることが多いのですが、そう主張している間は真我ではなく心が彷徨い続けている状態ですね。これは映画の映像に向かってぼやく態度に等しいものだと感じています。
じっと目を凝らせば別の世界が見えてくる。その発見は楽しいことですらありますね。
話は変わりますが、NHKの大河ドラマ風林火山のなかで信玄の母が、「得られぬものを得ること、それが悟り」という言葉で子供を諭している場面がありました。
得ることではなく、既に得ていることを発見するということなのでしょうけれど、この観点からすればあれこれ未来のことを心配せず既に(悟っているのだから)今ここで安心しなさいという意味に感じました。
それからタイトルが、「最強の敵」というのもありました。
もちろん人間の慢心、その奥の無意識の怖れ、そいうものを最強の敵と申しているということですが、先ほどの安心からすれば、「最強の敵」こそ「最強の味方」でもあるでしょう。
気功の独習の中には、低級な欲望や感情を瞬時に転換するレッスンがあります。本来プラーナというものは善も悪も無く、生命のエネルギーを方向付ける心に全て依存していますが(これをフォースと言ったりします)人間の素晴らしいところは悪や欠点と断じるものは無く、全てそのまま転換可能だと言うことでしょう。強い悪のエネルギーは素晴らしい友のようなエネルギーになる可能性があります。これらは外の世界ともリンクしますので、その後まで楽しみが持続しますね。
人間の潜在能力というのは本当に素晴らしいものだと思います。
これは メッセージ 893 (skyrinnka さん)への返信です.
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