Re: 睡眠の研究w
投稿者: mizno_kirara 投稿日時: 2007/07/07 11:18 投稿番号: [892 / 973]
シュリンカさん☆
おはようございます!
>体に感じるもの(なにかもやもやした感覚)をフエルトセンスというようです。
ふーむ、なるほど!確かにフェルトのような
>でも、問いかけに答えるもうひとりのわたしは
>セルフからの答えのような気がします
こうしたセルフとの応答の繰り返しによって、セルフの存在
が明らかになるということですね。
究極の問いはまだという時、中観の問いもまた有用ですね。
怒りの中にいる時、相手に依存的な自分には気付かない
人を助けたいと激しい感情を抱く時、本当は助けられたい(かまってほしい)自分には気付かない
そこでそのような感情が生じる時にこそ、シュリンカさんのおっしゃるような対話ワークを取り組む意義がありそうですね。
最近ふと気付いたんですが、真の慈悲とは
相手の視点でものが見えているかどうかということから始まるのではと思いました。
相手の視点に意識を移す時、同情は消える。かわいそうは消える。その代わりにその人が今そうある理由が瞬時に理解できる。
相手の視点に意識で世界を見る時、今までの自我が世界そのものであったということに気付き、自分の枠組みが見えるということ。新しい、まったく新しい世界を新たに体験できるわけですね。
こうしたこともきっとSELFとの対話によって進めることが出来るのでしょうね。
SELFには、本当は慈悲って言葉すらないのかもですね。霊性という言葉も無いかも。
全的存在を肯定した瞬間、上も下も困るも楽しいも、雲のように自然にただそこに!って感じなのでしょうか。ただ千の風のように。
うーーん、これは考えてはいけないのですね(笑)
勉強になりました。感謝!です。
これは メッセージ 890 (skyrinnka さん)への返信です.
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