【考察】K7は一例かもしれないけれど
投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/02/04 23:31 投稿番号: [9490 / 62227]
商業性導入に頑強に反対しておきながら、国家事業の「商業的採算性」を問題視する。
商人による自由な商品流通管理・販売管理が出来ないシステムを取らせていると熟知しながら、国家の保有する「不動在庫」を非難する(こんな形態は「商売」では決して無いのに)。
企業主導の宣伝も拡販もコスト低減も容認しないでおきながら、国民ニーズのさらなる低下を理由に、「廃れたから止めてしまえ」と説く。(宣伝や喚起もしないで自然に需要は発生しやしないのに。)
実は、いずれも「商業化」がその解決のKeyを握っているのだが、彼は全て「まず初めにその選択肢は無い」という所から出発しているので、ハナから解決など求めてはいないこの手の輩とは平行線だ(笑)。
と言うよりは、案外彼が異様に馬鹿過ぎるだけであり、正論が理解できず、その下劣な思想開陳を繰り返しているだけで、反捕鯨派とは無関係かもしれないが・・・。
彼はまた、商業の持つ調整機能を一切考慮しない訳なのだから、全てを無に帰する以外方法は無い事になるが、その過程において法規も慣習も継続文化も考慮に値しないと平気で吐ける様な神経は、普通の神経の人間は持ち合わせていないな。
やはりある種の無政府主義者とでも呼ぶべきなのだろうかね。
これは メッセージ 1 (whale_ac さん)への返信です.
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