Re: たとえ売れなくたって
投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/01/25 23:50 投稿番号: [9314 / 62227]
そもそも、売れるか売れないかは、捕鯨是非の理由には関係付けが出来無いのだよ。
年を追うごとに魚が売れにくく成りつつあり、畜肉比重が相対的に高くなってしまっているのは、統計資料も語るように見るまでもなく明らかな事だよね。
捕鯨というのは、漁業の一形態だから他の魚種同様にタンパク源の王座を追われ、「昔の栄華は今いずこ」状態は確かに事実だよ。
今更、その明白な事実を否定しようとは毛頭思わ無い。
が・・・・自国民族の食物多様性と食文化継承は国策として容認されるのは、古今東西共通認識なのよ(笑)。
たとえ、国策で税金かけても「獲り」「売り」「継承」するわけだよ。国民に食べ続けてもらうために・・・そして文化を繋ぐためにね。
アメリカ捕鯨しかり、フランス農業しかり、イタリア伝統食しかり、ドイツの畜肉しかり・・・・。
メリットは有るけれども、総合的には「自由化」を理由にした多様性の喪失は危険な事だと私は考えるよ。
従って、もしルールに則り、日本が国策として行うことにさえ異議があると言うのなら、それは結果的に先の「自由化」を容認する事にも繋がってしまう。
これは、際限の無いグローバル化容認でもありGPの主張とは真っ向から対立する事態となってしまうのだがね(笑)。
また、売れるか売れないか・・・などと言う個々の商行為に関する問題とは捕鯨をする習慣に対する是非の論点ではない。
それを理由にしたら、限定的地域・国家という個々の購買欲しか無い様な「ローカル文化」財などはグローバルでないから、それを理由に消して構わない・・という主張も成り立ってしまう(笑)。
売買の状況では無く、基本法で禁止されるほど危険な資源なのか否か・・・活用資源として獲れるのか獲れないのか。
そして、反捕鯨派も(君も)語るように、この生物を資源として看る事を倫理的に許容すべきか否か・・・の2点が本当の論点なんだが。
これは メッセージ 9304 (kujira77777 さん)への返信です.
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