斉藤忠夫さん・石巻市鮎川浜鯨肉加工販売業
投稿者: r13812 投稿日時: 2011/07/20 13:00 投稿番号: [55094 / 62227]
東日本大震災:鯨肉販売に再挑戦
津波で店と設備流失、石巻の斉藤忠夫さん
/宮城
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20110720ddlk04040191000c.html
◇かかわって30年「離れた生活考えられない」
東日本大震災の大津波で鯨肉の加工・冷凍設備や食堂兼販売店舗を失った石巻市鮎川浜の鯨肉販売業、斉藤忠夫さん(77)は、新しい冷凍庫を大阪市の設備機械会社に発注した。10月をめどに鯨肉販売を復活させるためだ。鮎川浜で鯨肉とかかわって30年。「被災を機に引退の勧めはあったが、鯨肉と離れた生活は考えられない」と商売復活の理由を語る。【小原博人】
40年前、捕鯨会社のキャッチャーボートの機関員となったのが鯨との縁の始まり。稼ぎためた資金で鮎川港岸壁近くに鯨料理が売りの食堂兼鯨肉販売店と加工・冷凍設備を設けた。商業捕鯨から調査捕鯨への転換期だったが、仙台市や首都圏の料理店にも鯨肉を卸し業績は好調だった。
大津波で店と設備の全てを流されたが、これまでの蓄えがあり再建資金に不足はなく、冷凍庫を手始めに鯨肉を切り分けたり、真空パックするなどの機械設備の調達や加工場仮設置の交渉に当たる。冷凍庫の値段は300万円で、他の機械も同額程度という。商売復活の場所は港から少し離れた高台の私有地約500平方メートル。
「鮎川浜は壊滅状態で食堂兼店舗販売は無理なので、専用車で内陸部への移動販売を予定している」と斉藤さん。必要な従業員の募集準備にも取り掛かる。仙台や首都圏方面への販売の再構築も図る。鯨肉は沿岸捕鯨や捕鯨国のアイスランド産を調達する予定だ。
妻の準子さん(62)は「人生の最期まで鯨と付き合うと言う人だから」と話す。沿岸捕鯨基地の町・鮎川を経由する鯨ベーコンや尾の身が再び鯨肉ファンの口に届く。
毎日新聞
2011年7月20日
地方版
これは メッセージ 54299 (r13812 さん)への返信です.
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