気仙沼の高級食材フカヒレ、全国で品薄
投稿者: r13812 投稿日時: 2011/05/25 08:19 投稿番号: [54216 / 62227]
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4733702.html
被災地の宮城県気仙沼には、生産日本一、世界でも人気の高級食材があります。中華料理でよく使われる「フカヒレ」です。震災によるフカヒレの品薄がいま全国に広がっています。
透明なフカヒレにとろっとしたスープがかかる――。高級中華料理、「フカヒレの姿煮」です。サメのヒレからとれるこの希少な食材は、高いもので、1キロ10万円で取引されます。この高級食材がいま危機的な状況にあります。
「大事に使っているが夏には在庫も少なくなり、かなり厳しい状態です」(フカヒレ専門店「三国志」福田智之マネジャー)
横浜・中華街のフカヒレ専門店。宮城県・気仙沼産のフカヒレを使っていましたが、震災後、入荷がストップしました。震災前の在庫でしのいでいますが、その残りもわずかだといいます。
「(海外のフカヒレにはしたくない?)最終最後の案だと思ってます。気仙沼のフカヒレは特別です」(フカヒレ専門店「三国志」福田智之マネジャー)
気仙沼は日本一のフカヒレ生産地。全国のおよそ半分の1万4000トンが気仙沼港で水揚げされています。加工技術に優れた気仙沼産フカヒレは、世界的なブランドです。しかし・・・
フカヒレを加工する工場は、気仙沼の港の近くにありました。今回の津波でそのすべてが被害を受けたといいます。石渡久師さん(30)。54年続けたフカヒレ加工会社が被災しました。
「フカヒレの倉庫があったのですが、痕跡を残さず流されてしまいました。これは乾燥した状態のものです。泥水や重油をかぶって、もう使い物になりません」(「石渡商店」石渡久師専務)
港の近くにあった工場、倉庫、さらに自宅までも津波の被害を受けました。加工していたフカヒレは、すべてが流されました。残った機械も海水に浸かり、もう使えません。
「信じられない光景が目の前に広がっていて、もう終わりだなと実際思いました」(「石渡商店」石渡久師専務)
かつての工場の面影はありませが、再開を決めました。そこには「地元のブランドを復興させたい」という思いがありました。現在は、ゴルフ練習場の一角に仮の事務所を構えました。来年の春の再開を目指しています。
「うちにはフカヒレしかないんですよ。フカヒレの伝統と技術を守ることが、自分たちにできる最大の気仙沼の支援になるだろう。やるなら一番先に立ち上がってみんなに勇気を与えたい」(「石渡商店」石渡久師専務)
「気仙沼産フカヒレ」の復活を願うのは、地元だけではありません。
「早く復興してほしい」(女性客)
「気仙沼をはじめ被災地の人たちに生活を復興していただきたい。生活基盤としての漁を再開してほしい」(フカヒレ専門店「三国志」福田智之マネジャー)
「世界中からメールをもらって、また『フカヒレ』が食べたいから頑張って待ってますからと、必ず復興して、きれいな海からなるフカヒレをお客様に届けられたら」(「石渡商店」石渡久師専務)
フカヒレ生産日本一。復興に向けての歩みは始まったばかりです。(24日23:19)
被災地の宮城県気仙沼には、生産日本一、世界でも人気の高級食材があります。中華料理でよく使われる「フカヒレ」です。震災によるフカヒレの品薄がいま全国に広がっています。
透明なフカヒレにとろっとしたスープがかかる――。高級中華料理、「フカヒレの姿煮」です。サメのヒレからとれるこの希少な食材は、高いもので、1キロ10万円で取引されます。この高級食材がいま危機的な状況にあります。
「大事に使っているが夏には在庫も少なくなり、かなり厳しい状態です」(フカヒレ専門店「三国志」福田智之マネジャー)
横浜・中華街のフカヒレ専門店。宮城県・気仙沼産のフカヒレを使っていましたが、震災後、入荷がストップしました。震災前の在庫でしのいでいますが、その残りもわずかだといいます。
「(海外のフカヒレにはしたくない?)最終最後の案だと思ってます。気仙沼のフカヒレは特別です」(フカヒレ専門店「三国志」福田智之マネジャー)
気仙沼は日本一のフカヒレ生産地。全国のおよそ半分の1万4000トンが気仙沼港で水揚げされています。加工技術に優れた気仙沼産フカヒレは、世界的なブランドです。しかし・・・
フカヒレを加工する工場は、気仙沼の港の近くにありました。今回の津波でそのすべてが被害を受けたといいます。石渡久師さん(30)。54年続けたフカヒレ加工会社が被災しました。
「フカヒレの倉庫があったのですが、痕跡を残さず流されてしまいました。これは乾燥した状態のものです。泥水や重油をかぶって、もう使い物になりません」(「石渡商店」石渡久師専務)
港の近くにあった工場、倉庫、さらに自宅までも津波の被害を受けました。加工していたフカヒレは、すべてが流されました。残った機械も海水に浸かり、もう使えません。
「信じられない光景が目の前に広がっていて、もう終わりだなと実際思いました」(「石渡商店」石渡久師専務)
かつての工場の面影はありませが、再開を決めました。そこには「地元のブランドを復興させたい」という思いがありました。現在は、ゴルフ練習場の一角に仮の事務所を構えました。来年の春の再開を目指しています。
「うちにはフカヒレしかないんですよ。フカヒレの伝統と技術を守ることが、自分たちにできる最大の気仙沼の支援になるだろう。やるなら一番先に立ち上がってみんなに勇気を与えたい」(「石渡商店」石渡久師専務)
「気仙沼産フカヒレ」の復活を願うのは、地元だけではありません。
「早く復興してほしい」(女性客)
「気仙沼をはじめ被災地の人たちに生活を復興していただきたい。生活基盤としての漁を再開してほしい」(フカヒレ専門店「三国志」福田智之マネジャー)
「世界中からメールをもらって、また『フカヒレ』が食べたいから頑張って待ってますからと、必ず復興して、きれいな海からなるフカヒレをお客様に届けられたら」(「石渡商店」石渡久師専務)
フカヒレ生産日本一。復興に向けての歩みは始まったばかりです。(24日23:19)
これは メッセージ 54153 (r13812 さん)への返信です.
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