Sinjichibiさん
投稿者: ts657738 投稿日時: 2004/10/11 16:36 投稿番号: [4951 / 62227]
>このトピの阿呆と遊んでいる時間はもったいないと思いました。
>今後も阿呆への釘はさし続けますが、今までよりは少なくなると思われます。
→阿呆相手に時間費やす必要はないでしょう。
釘を刺し続けるよりも、むしろ日常の中で捕鯨に関して思うことを、思いついた時に投稿されていかれた方がいいのではないでしょうか。そうしたお仕事をされているのなら。
どうも、そろそろRMSの議論にはケリをつけるような方向へ進むように見えます。来年が一つの大きなターンポイントなのかもしれません。
合意に達しない場合でも、日本案に基づく試行へ移るのかもしれない。それは沿岸での捕獲枠枠を拡大するなり、南氷洋で大規模な試験ということかもしれません。極端な場合には脱退というケースも視野に入ってくるのかもしれませんが。
いずれにせよ、いつまでも現状のままでいるということは無いでしょう。
5年後くらいには捕鯨を取り巻く環境はガラリと“一変している”と考えています。
捕鯨問題もそのうちに日常の中に忘れられるものの一つになるでしょう。
捕鯨が日常に戻る。
私にとって鯨は食い物の一つで、食うのはあたりまえのものです。
その私の食卓に土足で踏み込んできて、“鯨なんか食う必要ない”なんてのは余計なお世話で、実際には喧嘩売られているだけのこと。まあ、喧嘩売ってる方は、理由も無しに他人の食い物を否定するのは喧嘩売るのと同じと理解できない馬鹿というのが、捕鯨が問題になる理由なのでしょう。踊らせて金稼ぐ団体に、乗せられるお調子者。ネットの匿名性が加わると無責任も極まってしまう。
そうした、詐欺師と馬鹿の組み合わせなんてのも、日常に紛れて消えて無くなっていく。
最後に残るのはありふれた日常。
歴史というのは何かあったことが残るのであって、何も無い平穏な時代は歴史に残らない。そんなありふれた日常の中に捕鯨も入っていくことが望ましいことでしょう。
ある意味ではネット上の冷やかしとは無縁に、日常の中からの視点でマイペースに投稿するという方がいらしてもいいのでしょう。
これは メッセージ 4938 (sinjichibi さん)への返信です.
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