イヌイットの捕鯨/コククジラ
投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/05/07 08:21 投稿番号: [43762 / 62227]
Encyclopedia of marine mammals
By W. F. Perrin, Bernd Würsig, J. G. M. Thewissen 2008
【Inuit and Marine Mammals】
Anne M. Jensen, Glenn W. Sheehan, and Stephen A. MacLean
(海洋哺乳類エンサイクロペディア、【イヌイットと海洋哺乳類】つづき)
II. GRAY WHALES, agvigluaq
II.コククジラ、agvigluaq
定常的にコククジラを捕っているのはロシア極東部のチュコトカ・
イヌイットだけである。
チュコトカ・イヌイットはホッキョククジラとコククジラ両方を
沿岸ベースで捕っていた。伝統的な沿岸ベースの捕鯨はソ連に
よって禁止され、1954年にキャッチャーボート捕鯨に切り替えられた
(Freeman et al., 1998)。
その結果、文化的伝統は失われ、伝統的な捕鯨法を覚えている
人は現在ではほとんどいない。
ソヴィエトの捕鯨船Zvyozdnyi が最後に操業したのは1992年である
(Freeman et al., 1998)。
捕鯨船が捕鯨を止めてから村人は集落の食糧供給を補うために
海洋哺乳類の捕獲を再開した。
伝統への回帰、沿岸捕鯨は困難で、かかる費用もたいへんなものだった。
いくつかの集落では道具と知識の欠如が深刻な結果となった。
Nunligranでは複数の事故で捕鯨者たちが死に、Sirenikiでは
捕鯨ボートが沈没して乗員全員が死亡した。
幸い AEWC(アラスカエスキモー捕鯨委員会) と NSB(アラスカ・
ノーススロープ郡)の物的援助とトレイニングで転換が容易になった。
1994年にはチュコトカの7集落で51頭のコククジラを捕った
(Freeman et al., 1998)。Lorinoでは何人かの経験を積んだ海洋
哺乳類狩猟者が若い狩猟者にハプーン、槍、ライフルの適切な
使い方を教えることができた。ロリノの狩猟者は1994年に38頭の
コククジラを捕った。他のいくつかの集落でもロリノからの援助を
求め、コククジラ猟に成功しはじめた。
この捕鯨は現在IWCの許可と規制下に置かれ、1998年から2002年
までの捕鯨枠でチュコトカの複数村落が合計120頭のコククジラを
陸揚げした。
コククジラ猟はふたたびチュコトカ・イヌイットの文化と食生活
にとって重要な部分となっている。
コククジラ猟は夏に、クジラが越冬海域からベーリング海に
入ってくるときに行われる。出猟するのは陸上基地からで、
革製ボート(baidara)か木製捕鯨ボートが使われる。
ハプーン槍はチュコトカイヌイットが伝統的に捕鯨に使ってきた
独特のもので、木の柄と着脱式の金属槍からなっており、この槍が
ロープで小さな浮きに繋がれている(Freeman et al. 1998)。
ひとつひとつの船は7−10本の金属槍と一本の木製柄を備えている。
槍は手で投げられ、金属槍は木の柄から外れる。
木製の柄は水面から回収されて別の金属槍に取り付けられる。
それから再びクジラへ接近する。
銛の投手はクジラの背中を狙い、主要血管か致命的な器官に当て
ようと試みる。ハプーンが刺さるとライフル、ダーツ銃でクジラを
撃つ。
このような形での捕鯨は危険をともなう。コククジラは攻撃的に
闘うことで知られているからである。猟者の安全のために2隻の
ボートが使われる。猟者はまた小型あるいは中型のコククジラを
捕ろうとする。
コククジラを捕るのはその肉と皮脂のためである。
肉とマクタクは凍ったまま、溶かして生で、煮て、という
いずれのやりかたでも食べられる。油は皮脂からとるが、
これは単独で食物として利用されるか、根菜、柳の葉、
その他の植物に添加されて食べられる。
北アラスカでは歴史時代に入って初期に、ホッキョククジラの
髭板を貿易品として富を積んだ時代があった。この時に
人々は橇用の犬を増やした。その結果、いくらかのコククジラが
おもに犬のエサ用として捕られた。コククジラの肉を美味だと
する狩猟者もいたが、アラスカではもはやコククジラは
捕らない。
(つづく、かもしれない)
By W. F. Perrin, Bernd Würsig, J. G. M. Thewissen 2008
【Inuit and Marine Mammals】
Anne M. Jensen, Glenn W. Sheehan, and Stephen A. MacLean
(海洋哺乳類エンサイクロペディア、【イヌイットと海洋哺乳類】つづき)
II. GRAY WHALES, agvigluaq
II.コククジラ、agvigluaq
定常的にコククジラを捕っているのはロシア極東部のチュコトカ・
イヌイットだけである。
チュコトカ・イヌイットはホッキョククジラとコククジラ両方を
沿岸ベースで捕っていた。伝統的な沿岸ベースの捕鯨はソ連に
よって禁止され、1954年にキャッチャーボート捕鯨に切り替えられた
(Freeman et al., 1998)。
その結果、文化的伝統は失われ、伝統的な捕鯨法を覚えている
人は現在ではほとんどいない。
ソヴィエトの捕鯨船Zvyozdnyi が最後に操業したのは1992年である
(Freeman et al., 1998)。
捕鯨船が捕鯨を止めてから村人は集落の食糧供給を補うために
海洋哺乳類の捕獲を再開した。
伝統への回帰、沿岸捕鯨は困難で、かかる費用もたいへんなものだった。
いくつかの集落では道具と知識の欠如が深刻な結果となった。
Nunligranでは複数の事故で捕鯨者たちが死に、Sirenikiでは
捕鯨ボートが沈没して乗員全員が死亡した。
幸い AEWC(アラスカエスキモー捕鯨委員会) と NSB(アラスカ・
ノーススロープ郡)の物的援助とトレイニングで転換が容易になった。
1994年にはチュコトカの7集落で51頭のコククジラを捕った
(Freeman et al., 1998)。Lorinoでは何人かの経験を積んだ海洋
哺乳類狩猟者が若い狩猟者にハプーン、槍、ライフルの適切な
使い方を教えることができた。ロリノの狩猟者は1994年に38頭の
コククジラを捕った。他のいくつかの集落でもロリノからの援助を
求め、コククジラ猟に成功しはじめた。
この捕鯨は現在IWCの許可と規制下に置かれ、1998年から2002年
までの捕鯨枠でチュコトカの複数村落が合計120頭のコククジラを
陸揚げした。
コククジラ猟はふたたびチュコトカ・イヌイットの文化と食生活
にとって重要な部分となっている。
コククジラ猟は夏に、クジラが越冬海域からベーリング海に
入ってくるときに行われる。出猟するのは陸上基地からで、
革製ボート(baidara)か木製捕鯨ボートが使われる。
ハプーン槍はチュコトカイヌイットが伝統的に捕鯨に使ってきた
独特のもので、木の柄と着脱式の金属槍からなっており、この槍が
ロープで小さな浮きに繋がれている(Freeman et al. 1998)。
ひとつひとつの船は7−10本の金属槍と一本の木製柄を備えている。
槍は手で投げられ、金属槍は木の柄から外れる。
木製の柄は水面から回収されて別の金属槍に取り付けられる。
それから再びクジラへ接近する。
銛の投手はクジラの背中を狙い、主要血管か致命的な器官に当て
ようと試みる。ハプーンが刺さるとライフル、ダーツ銃でクジラを
撃つ。
このような形での捕鯨は危険をともなう。コククジラは攻撃的に
闘うことで知られているからである。猟者の安全のために2隻の
ボートが使われる。猟者はまた小型あるいは中型のコククジラを
捕ろうとする。
コククジラを捕るのはその肉と皮脂のためである。
肉とマクタクは凍ったまま、溶かして生で、煮て、という
いずれのやりかたでも食べられる。油は皮脂からとるが、
これは単独で食物として利用されるか、根菜、柳の葉、
その他の植物に添加されて食べられる。
北アラスカでは歴史時代に入って初期に、ホッキョククジラの
髭板を貿易品として富を積んだ時代があった。この時に
人々は橇用の犬を増やした。その結果、いくらかのコククジラが
おもに犬のエサ用として捕られた。コククジラの肉を美味だと
する狩猟者もいたが、アラスカではもはやコククジラは
捕らない。
(つづく、かもしれない)
これは メッセージ 43761 (aplzsia さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834578/a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4c0a1aa_1/43762.html