さあ!諸君!捕鯨問題だ!

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長崎福三参考人(1987年7月28日)(1)

投稿者: r13812 投稿日時: 2010/02/28 10:33 投稿番号: [42608 / 62227]
  長崎でございます。
  私は、専門が海洋生物利用管理論というのでございまして、数年前から鯨の問題、鯨の管理の問題に従事してきております。四年間ほとんど毎年のように捕鯨委員会の科学談義に参加をしてまいりました。きょうは調査研究という面からこの捕鯨、鯨の管理という問題を少し述べさせていただきたいと思います。
  我々が捕鯨問題を論ずる場合にいろいろな側面があると思いますが、少なくとも科学者あるいは科学小委員会の場でいつでも日本の研究者が行動原理にしております憲法といいますか哲学というのは、ほかでもない捕鯨条約そのものでございます。ですから、捕鯨条約の内容に沿った物の考え方を常にしてきたわけでございます。その点はまさに自負できると考えております。
  先生方、既にお聞き及びのことと思いますが、一九八二年に第三十四回IWCの年次総会で三年間の猶予を持った商業捕鯨のモラトリアムが採択されたわけでございます。この年もそうでございましたが、科学小委員会、科学者の検討の報告書の中にはモラトリアムが必要だとかそういうことをやるべきだという趣旨のことは一言も書かれてないわけでございます。したがって、日本の科学者あるいは日本とほぼ同じような見解を持ってきた外国の科学者もモラトリアムには科学的な根拠がないと言ってまいったわけでございます。
  ただ、それであるにかかわらず、モラトリアムがまかり通ってしまった。そしてそれ以後何となく商業捕鯨を圧迫し続けてきた、科学的な面でもそういう雰囲気が出てきたのは、実は一つは環境生物学者という人たちがいるのですが、そういう人たちの一つの有力な武器は不確実性という言葉でございます。この不確実性というのはある意味で科学調査にはつきものでございます。我々は何も我々のやっている研究を完全に一〇〇%信頼できる、確かなものだというふうに考えている人はだれもいないわけであります。その不確実性を盾にとられてまいりますとなかなか対応の仕方が難しいということがございました。
  ただ、このモラトリアムには、遅くとも一九九〇年までに包括的な資源の見直しをやろうじゃないかという決定の一文が加わっているわけでございます。したがって我々は、一九九〇年時点ですべての捕鯨の資源量についてもう一回正確な基盤に立った再評価をやろう、そこで商業捕獲というのが可能であるかどうかをもう一回検討しようじゃないか、巻き返そうじゃないかという感じをずっと持ってきたわけでございます。それ以来既にもう五年の歳月が流れているわけですが、この五年間日本の科学者は、かなりIWCの科学小委員会の場でお金も使い、努力もし、人力も知力も使ってまいりました。しかし、なかなかそれは効果を上げるまでにいかなかった。それは先ほど申し上げました不確実性にどう対応したらいいかという問題が非常に大きく立ちはだかっていたということかと思います。
  この不確実性というのが出てまいりますと、例えばレポートの中に両論併記というのが出てまいります。これは、どちらが正しくてどちらが悪いんだという書き方ではなくて、こういう意見もこういう意見もあるよという併記をされますと、後はそれを決定する場合に票の力で決定してしまいますので、科学者の力ではいかんともしがたいという非常に厄介な性質を持っていたわけです。
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