Re: エリノア・オストロム
投稿者: monnkuii5gou 投稿日時: 2009/10/22 08:45 投稿番号: [38896 / 62227]
やれやれ、漸くコイヘルペスが消えたのは進歩か。バカにものを教えるのはとんでもなく大変な作業だが、わずかでも進むのはうれしい(笑)
>山形県のハタハタ禁漁で、洞察力に優れたリーダー達が、かなり不確実ながらも理論的見通しで禁漁を推奨したのに対して、お年寄りたちが「うん、このままやってたんじゃあ龍神様のたたりがある」と言って賛成し、合意が形成されたとしても一向に差し支えないんだよ。民主主義というのはそういうものだ。
俺は秋田の全面禁漁の例の考察を求めたが、山形で全面禁漁があったとは知らんかったなあ(ゲラ)
いい加減な妄想を訊いてんじゃなくて、資源管理のための全面禁漁の成功例として何が要件かの考察を問うてんだけどな(笑)
県もわかってないレベルのようだから、資料を追加しておこう。
http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/mizu_29/no29_h01.html
(4ページまで続きあり)
http://abchan.job.affrc.go.jp/digests19/details/1952.pdf
><IWCの全面禁漁>の一番の核心は、単にほとんどの鯨種で量が減ったというのじゃなく、減らせたメカニズムを人間が国際協定で制御できたなかったじゃないか、という問題だよ。
減らせたメカニズムの筆頭は、鯨油という国際商品の資源としての乱獲だよ。
で、2番目は持続的資源利用を謳っていながら、NMPの施行まで曲りなりにも科学性のある資源管理がなかったということだな。
乱獲により資源枯渇したら「絶滅危惧種です、稀少種です。」、こんな両極端しかないんじゃ、科学的資源管理なんか存在できん。
IWC以前に資源が激減している種は、タイムマシンでもない限りIWCで制御できるわけないし、IWC後もNMPまでは科学的資源管理じゃねえんだから、協定で制御できる根拠なんかねえ。ということだ。
しかし、NMP制定適用初期で資源の大幅減少により禁漁されなかった種は、その後「資源の大幅減少により全面禁漁が必要になった」話はない。
(イワシはNMP評価禁漁が少しずれ込んでいる。)
さらにNMPの「大幅減少基準」は非常に厳しいため、実際にはナガスやイワシにしても全面禁漁でなければ資源回復が望めないほどの状況だった、というわけではない。
>「囚人のジレンマ」問題ね。
>というゲーム理論的な複雑化が見られた。こういう状況じゃあ、システムとしての鯨類枯渇化が抑止できてないと考えるのが普通だろうね。
NMPはそれなりに「科学的資源管理」であって、もはやきみの好きな抽象的な「ゲームの理論」の手の届く領域ではない。
ただNMPの時代、禁漁した種が、どの時期にどの程度の資源回復を示し、利用再開できるのかの科学的研究の存在は、寡聞にして聞いた事がない。
全面禁漁の資源管理としては甚だ未熟で「資源枯渇→親分、てえへんだ!」の時代とたいしてかわらん。もちろんRMPも同じだ(笑)
>システムとしての鯨類枯渇化が抑止できてないと考えるのが普通だろうね。
以上のように、システムとしての鯨類枯渇化阻止はNMPですでにできている。以後、捕鯨によって枯渇化した種はおろか、大幅減少しや種もない。
システムとして全くできてないのは、持続的資源利用の方だ。
それは反捕鯨によりIWCが付表の中でそう定めてしまっている。
>それに対してミンククジラのキロ単価はもっと大きなクジラのキロ単価とあまり変わらないどころか、むしろ法外に高くなっている。
生産量はね、単価で決まるんじゃないんだよ。
需用要素で一番大切なのは、市場規模。鯨油が国際商品でなくなり、食料品としてはローカルにすぎず管理の厳しいクジラに、大規模な密漁価値はないよ。
>IWC科学委員会やEU水産官僚たちは基本的にC.W.クラークやオストロムの理論で、商業捕鯨の統治、制御は限りなく無理に近いという蓋然性領域を含んだ政策科学上の知見に依拠してます。
もちろん、そういう人は辞任すべきだ。だって持続的資源利用を謳ったIWCにいてもしょうがない。脱退して批判するのが正しい。(笑)
>全面禁漁は水産資源政策論的には合理的だけれど、政策構造のゲーム理論なんてものを理解しない人々が「大自然への畏怖」や「クジラかわいそー」でモラトリアムに合流してもかまわない。
もう無茶苦茶、どうやってそれで持続的資源利用すんねん?
なんのための全面禁漁か、目的を見失ってるよ(笑)
まあ、それが反捕鯨の正体だけどな。
>山形県のハタハタ禁漁で、洞察力に優れたリーダー達が、かなり不確実ながらも理論的見通しで禁漁を推奨したのに対して、お年寄りたちが「うん、このままやってたんじゃあ龍神様のたたりがある」と言って賛成し、合意が形成されたとしても一向に差し支えないんだよ。民主主義というのはそういうものだ。
俺は秋田の全面禁漁の例の考察を求めたが、山形で全面禁漁があったとは知らんかったなあ(ゲラ)
いい加減な妄想を訊いてんじゃなくて、資源管理のための全面禁漁の成功例として何が要件かの考察を問うてんだけどな(笑)
県もわかってないレベルのようだから、資料を追加しておこう。
http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/mizu_29/no29_h01.html
(4ページまで続きあり)
http://abchan.job.affrc.go.jp/digests19/details/1952.pdf
><IWCの全面禁漁>の一番の核心は、単にほとんどの鯨種で量が減ったというのじゃなく、減らせたメカニズムを人間が国際協定で制御できたなかったじゃないか、という問題だよ。
減らせたメカニズムの筆頭は、鯨油という国際商品の資源としての乱獲だよ。
で、2番目は持続的資源利用を謳っていながら、NMPの施行まで曲りなりにも科学性のある資源管理がなかったということだな。
乱獲により資源枯渇したら「絶滅危惧種です、稀少種です。」、こんな両極端しかないんじゃ、科学的資源管理なんか存在できん。
IWC以前に資源が激減している種は、タイムマシンでもない限りIWCで制御できるわけないし、IWC後もNMPまでは科学的資源管理じゃねえんだから、協定で制御できる根拠なんかねえ。ということだ。
しかし、NMP制定適用初期で資源の大幅減少により禁漁されなかった種は、その後「資源の大幅減少により全面禁漁が必要になった」話はない。
(イワシはNMP評価禁漁が少しずれ込んでいる。)
さらにNMPの「大幅減少基準」は非常に厳しいため、実際にはナガスやイワシにしても全面禁漁でなければ資源回復が望めないほどの状況だった、というわけではない。
>「囚人のジレンマ」問題ね。
>というゲーム理論的な複雑化が見られた。こういう状況じゃあ、システムとしての鯨類枯渇化が抑止できてないと考えるのが普通だろうね。
NMPはそれなりに「科学的資源管理」であって、もはやきみの好きな抽象的な「ゲームの理論」の手の届く領域ではない。
ただNMPの時代、禁漁した種が、どの時期にどの程度の資源回復を示し、利用再開できるのかの科学的研究の存在は、寡聞にして聞いた事がない。
全面禁漁の資源管理としては甚だ未熟で「資源枯渇→親分、てえへんだ!」の時代とたいしてかわらん。もちろんRMPも同じだ(笑)
>システムとしての鯨類枯渇化が抑止できてないと考えるのが普通だろうね。
以上のように、システムとしての鯨類枯渇化阻止はNMPですでにできている。以後、捕鯨によって枯渇化した種はおろか、大幅減少しや種もない。
システムとして全くできてないのは、持続的資源利用の方だ。
それは反捕鯨によりIWCが付表の中でそう定めてしまっている。
>それに対してミンククジラのキロ単価はもっと大きなクジラのキロ単価とあまり変わらないどころか、むしろ法外に高くなっている。
生産量はね、単価で決まるんじゃないんだよ。
需用要素で一番大切なのは、市場規模。鯨油が国際商品でなくなり、食料品としてはローカルにすぎず管理の厳しいクジラに、大規模な密漁価値はないよ。
>IWC科学委員会やEU水産官僚たちは基本的にC.W.クラークやオストロムの理論で、商業捕鯨の統治、制御は限りなく無理に近いという蓋然性領域を含んだ政策科学上の知見に依拠してます。
もちろん、そういう人は辞任すべきだ。だって持続的資源利用を謳ったIWCにいてもしょうがない。脱退して批判するのが正しい。(笑)
>全面禁漁は水産資源政策論的には合理的だけれど、政策構造のゲーム理論なんてものを理解しない人々が「大自然への畏怖」や「クジラかわいそー」でモラトリアムに合流してもかまわない。
もう無茶苦茶、どうやってそれで持続的資源利用すんねん?
なんのための全面禁漁か、目的を見失ってるよ(笑)
まあ、それが反捕鯨の正体だけどな。
これは メッセージ 38890 (aplzsia さん)への返信です.
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