Re: エリノア・オストロム
投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/10/16 08:46 投稿番号: [38799 / 62227]
>他の選択肢があって調査捕鯨の継続をヨコシマに選んでいるのではない・・・という事実を無視してはダメだよ。
他の選択肢があるにもかかわらず、批判の多い調査捕鯨を選んでいる
わけではなく、他に選択肢が無いからだと主張する場合、それが
どういう構図の中で言われているのかで、議論が二通りに分岐
しますね。
まず第一に、理不尽な「反捕鯨国の数の力で採択された捕鯨一時停止
(モラトリアム)により,我が国の捕鯨は1988年3月をもって
中断を余儀なくされた」(*水産庁)から、「調査捕鯨」という方便、
法の抜け穴で「商業捕鯨」を続行せざるをえなくなったというのが、ひとつ。
それから第二に、調査はクジラを捕獲しなくても目視、バイオプシー、
VHF発信器装着(これはここで話題にしたノルウェーの1995年、
北東大西洋ミンク鯨調査ですでに実行されている)で十分出来る
という主張があるのは知っているけれど、生化学的および統計学的
能力が不足しているから、捕って殺すという即物的な手段をとら
ざるをえない、というのが二つ目ですね。
まず最初のほうですが、水産庁、鯨研、日本捕鯨協会、大日本水産会
が理不尽、不合理と考えている「捕鯨一時停止(モラトリアム)」
の決定とその長期化という事態は、欧米諸国がポピュリズム政治の
思惑から強引にやったことではなく、エリノア・オストロムの公共
自然資源管理論やコリン・W.クラークの数理生物学のエッセンスを
知っていれば、必然的に出てきていた結論だった、という論理的
可能性の余地を吟味する事が必要でしょう。
まだ日本でオストロムの理論の詳しい解説が出ていないので、
便宜的にはしょりますが、彼女の政治経済学的理論はC.W.
クラークの「低成長率の生物は商業的持続利用がほぼ不可能だ」、
「非常に限界の多い人間の管理能力では、数理生物学万能主義の
やりかただと、たとえば水産の場合、過剰船腹の積み上がり
という不合理な結果を生み出す」というふうな1970年代
以降の理論的成果を大きく取り入れています。
しかもインディアナ大学という大学が幸か不幸か、超一流大学
ではないために、彼女の主著、Ostrom, Elinor. 1990. Governing the
Commons: The Evolution of Institutions for Collective Action. Cambridge,
UK: Cambridge University Press. は、非常にわかりやすく書かれて
いますね。普通の議員さんや法学部出身の官僚でも理解できます。
C.W.クラークの論文や著書よりはるかに読者数が多いでしょうね。
「捕鯨一時停止(モラトリアム)」継続を支えた論理がかなり
しっかりした理論的枠組みでできていて、しかも欧米ではポピュ
ラーだということが出来ると思います。
(オストロムは1990年の主著でクラークの論文&著書を6カ所で
効果的に引用しています。今年彼女がサイエンス誌7月24日に
発表した論文だと、C. W. Clark, The Worldwide Crisis in Fisheries:
Economic Models and Human Behavior (Cambridge Univ. Press,
Cambridge, 2006)が引用されてますね。無料でダウンロードできる
論文となると、’Going beyond panaceas’ by Elinor Ostrom,
Marco A. Janssen, and John M. Anderie
http://www.indiana.edu/~workshop/publications/materials/conference_papers/W07-2_Ostrom_DLC.pdf
これで、なんとここではクラークが日本の学会誌に投稿した
論文まで引用されてます。(Colin W. Clark,Fisheries bioeconomics:
why is it so widely misunderstood? 個体群生態学会機関誌、
Population Ecology、Published online: 24 February 2006、
http://www.esm.ucsb.edu/academics/courses/595PB/Readings/Clark_2006.pdf)
他の選択肢があるにもかかわらず、批判の多い調査捕鯨を選んでいる
わけではなく、他に選択肢が無いからだと主張する場合、それが
どういう構図の中で言われているのかで、議論が二通りに分岐
しますね。
まず第一に、理不尽な「反捕鯨国の数の力で採択された捕鯨一時停止
(モラトリアム)により,我が国の捕鯨は1988年3月をもって
中断を余儀なくされた」(*水産庁)から、「調査捕鯨」という方便、
法の抜け穴で「商業捕鯨」を続行せざるをえなくなったというのが、ひとつ。
それから第二に、調査はクジラを捕獲しなくても目視、バイオプシー、
VHF発信器装着(これはここで話題にしたノルウェーの1995年、
北東大西洋ミンク鯨調査ですでに実行されている)で十分出来る
という主張があるのは知っているけれど、生化学的および統計学的
能力が不足しているから、捕って殺すという即物的な手段をとら
ざるをえない、というのが二つ目ですね。
まず最初のほうですが、水産庁、鯨研、日本捕鯨協会、大日本水産会
が理不尽、不合理と考えている「捕鯨一時停止(モラトリアム)」
の決定とその長期化という事態は、欧米諸国がポピュリズム政治の
思惑から強引にやったことではなく、エリノア・オストロムの公共
自然資源管理論やコリン・W.クラークの数理生物学のエッセンスを
知っていれば、必然的に出てきていた結論だった、という論理的
可能性の余地を吟味する事が必要でしょう。
まだ日本でオストロムの理論の詳しい解説が出ていないので、
便宜的にはしょりますが、彼女の政治経済学的理論はC.W.
クラークの「低成長率の生物は商業的持続利用がほぼ不可能だ」、
「非常に限界の多い人間の管理能力では、数理生物学万能主義の
やりかただと、たとえば水産の場合、過剰船腹の積み上がり
という不合理な結果を生み出す」というふうな1970年代
以降の理論的成果を大きく取り入れています。
しかもインディアナ大学という大学が幸か不幸か、超一流大学
ではないために、彼女の主著、Ostrom, Elinor. 1990. Governing the
Commons: The Evolution of Institutions for Collective Action. Cambridge,
UK: Cambridge University Press. は、非常にわかりやすく書かれて
いますね。普通の議員さんや法学部出身の官僚でも理解できます。
C.W.クラークの論文や著書よりはるかに読者数が多いでしょうね。
「捕鯨一時停止(モラトリアム)」継続を支えた論理がかなり
しっかりした理論的枠組みでできていて、しかも欧米ではポピュ
ラーだということが出来ると思います。
(オストロムは1990年の主著でクラークの論文&著書を6カ所で
効果的に引用しています。今年彼女がサイエンス誌7月24日に
発表した論文だと、C. W. Clark, The Worldwide Crisis in Fisheries:
Economic Models and Human Behavior (Cambridge Univ. Press,
Cambridge, 2006)が引用されてますね。無料でダウンロードできる
論文となると、’Going beyond panaceas’ by Elinor Ostrom,
Marco A. Janssen, and John M. Anderie
http://www.indiana.edu/~workshop/publications/materials/conference_papers/W07-2_Ostrom_DLC.pdf
これで、なんとここではクラークが日本の学会誌に投稿した
論文まで引用されてます。(Colin W. Clark,Fisheries bioeconomics:
why is it so widely misunderstood? 個体群生態学会機関誌、
Population Ecology、Published online: 24 February 2006、
http://www.esm.ucsb.edu/academics/courses/595PB/Readings/Clark_2006.pdf)
これは メッセージ 38792 (nobu_ichi95 さん)への返信です.
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