Re: セミ鯨の枯渇原因/NHK
投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/09/02 09:30 投稿番号: [37679 / 62227]
>グラハム説、グラハム説ってねえ君、大村さんの議論を真摯に検討している
>クラッパムたちの仕事を真面目に読もうという意欲さえないみたいですね。
>はじめから線路に乗ろうとしない人とは、脱線も何も、そもそも会話が
>成立しないのですよ。
そう、初めから「脱線」にしか興味が無い人とは成立しないよ。
グラハム説で太地元凶論は証明できますか?
>少なくとも大村さんとクラッパム、スカーフ、ブラウネルジュニアたちは
>同じ線路で議論してるんだけどね。クラッパム他が大村さんのセミクジラ
>日本系系群&太平洋系群説を積極的に肯定しないということは、ヤンキー
>捕鯨の責任をより軽くしようとする意図があった場合、損になるディベート
>ポイントなんだけどね。
日本系系群&太平洋系群説。
日本沿岸の種とオホーツク・カムチャツカの種は別系統だ・・・・という証明は未だ無い。
何とか説明付けようと努力はされているのかな?。
両種に明確な「系統」違いが説明できない限り、太地元凶論は説明できませんが。
貼っていただいた<要約>でも、読み取れるのは”東と西の系統の違い”仮説まで。
>太地元凶論なんて誰も主張してないですよ。
r君はしてますし、バスクまで持ち出して、ローカルな生存捕鯨的なレベルの古式
捕鯨が枯渇を招くという立場でしょ?。貴方は。
>「枯渇」という言葉をむしろ平気で使うのはrさんより私のほうなのだけれど、
>これはdepleteという英語を水産庁や鯨研が機械的に枯渇と訳してる場合が
>多いので、私もそうしているだけです。
なるほど。それで?。
>depleteというのは、ある一定範囲の自然環境が養える生物種の数=初期資源量
>の54%を下回ったら、1980年代のIWCじゃあ、もう立派な「枯渇」です。
>今はもっと確率論的な判断の枠組みになっているので具体的な%の数値は
>言いにくいのだけれど、54%より高い水準で「枯渇」と言ってる場合が
>多いです。
何も変わりありませんが。
要は、”次の時代に捕れる量など残っていない様なレベルに低下した状態”であるのは
違いありませんから。これは言葉の使い方の話ではありませんよ。「脱線」ですね。
>それでだ、太地や土佐、大村、壱岐のあたりで当時、すでに自然状態の
>54%以下に落としていた可能性は非常に高いですね。
その可能性の根拠は?。
日本沿岸からオホーツク・カムチャチツカへ回遊するグループの初期資源量が、初めから僅か数千頭ならそれも頷けますが。
北太平洋全域で、西から東へ漁場を移しつつ年間1000頭、累計13000頭以上捕れていた資源が10000頭以下・・・というのは説得力がありませんね。
>土佐の鯨非逃亡率は持続的捕獲可能水準よりはるかに高いし、網取り捕鯨
>自身も年とともに船の軽量化、高速化など、技術の改善があったにも
>かかわらず捕獲数が上がっていないという状況は、実際の鯨の数量が
>やはり斬減していたという指標と見ることが適切でしょ
としても、太平洋沿岸では年間100頭程度。
結局、貴方の仰っていることは、54%以下の”可能性”を理由にした太地元凶論でしょ?。
>クラッパムたちの仕事を真面目に読もうという意欲さえないみたいですね。
>はじめから線路に乗ろうとしない人とは、脱線も何も、そもそも会話が
>成立しないのですよ。
そう、初めから「脱線」にしか興味が無い人とは成立しないよ。
グラハム説で太地元凶論は証明できますか?
>少なくとも大村さんとクラッパム、スカーフ、ブラウネルジュニアたちは
>同じ線路で議論してるんだけどね。クラッパム他が大村さんのセミクジラ
>日本系系群&太平洋系群説を積極的に肯定しないということは、ヤンキー
>捕鯨の責任をより軽くしようとする意図があった場合、損になるディベート
>ポイントなんだけどね。
日本系系群&太平洋系群説。
日本沿岸の種とオホーツク・カムチャツカの種は別系統だ・・・・という証明は未だ無い。
何とか説明付けようと努力はされているのかな?。
両種に明確な「系統」違いが説明できない限り、太地元凶論は説明できませんが。
貼っていただいた<要約>でも、読み取れるのは”東と西の系統の違い”仮説まで。
>太地元凶論なんて誰も主張してないですよ。
r君はしてますし、バスクまで持ち出して、ローカルな生存捕鯨的なレベルの古式
捕鯨が枯渇を招くという立場でしょ?。貴方は。
>「枯渇」という言葉をむしろ平気で使うのはrさんより私のほうなのだけれど、
>これはdepleteという英語を水産庁や鯨研が機械的に枯渇と訳してる場合が
>多いので、私もそうしているだけです。
なるほど。それで?。
>depleteというのは、ある一定範囲の自然環境が養える生物種の数=初期資源量
>の54%を下回ったら、1980年代のIWCじゃあ、もう立派な「枯渇」です。
>今はもっと確率論的な判断の枠組みになっているので具体的な%の数値は
>言いにくいのだけれど、54%より高い水準で「枯渇」と言ってる場合が
>多いです。
何も変わりありませんが。
要は、”次の時代に捕れる量など残っていない様なレベルに低下した状態”であるのは
違いありませんから。これは言葉の使い方の話ではありませんよ。「脱線」ですね。
>それでだ、太地や土佐、大村、壱岐のあたりで当時、すでに自然状態の
>54%以下に落としていた可能性は非常に高いですね。
その可能性の根拠は?。
日本沿岸からオホーツク・カムチャチツカへ回遊するグループの初期資源量が、初めから僅か数千頭ならそれも頷けますが。
北太平洋全域で、西から東へ漁場を移しつつ年間1000頭、累計13000頭以上捕れていた資源が10000頭以下・・・というのは説得力がありませんね。
>土佐の鯨非逃亡率は持続的捕獲可能水準よりはるかに高いし、網取り捕鯨
>自身も年とともに船の軽量化、高速化など、技術の改善があったにも
>かかわらず捕獲数が上がっていないという状況は、実際の鯨の数量が
>やはり斬減していたという指標と見ることが適切でしょ
としても、太平洋沿岸では年間100頭程度。
結局、貴方の仰っていることは、54%以下の”可能性”を理由にした太地元凶論でしょ?。
これは メッセージ 37675 (aplzsia さん)への返信です.
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