Re: 国防の根幹・・yoko3
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2008/08/05 04:51 投稿番号: [26429 / 62227]
>それは現実の世界情勢に対して、日本は何ができるのか、できないのかを明確に世界に示せない政治家の無責任さにあると思います。
うーーん、どうやらあなたはご自身の所属するとご自分で決めた「世界」からしか物事を考えない人のようですね。「現実の世界情勢」というものは、言うまでもなくアメリカを筆頭とするアメリカの提唱するグローバリズムの枠の中に存在する日本の立場からの方向からの視点と言うことですよね?
日本も出来るだけその仲間に入れてもらって、彼らの既得権益のおこぼれをちょうだいすることが日本の立ち位置であるとお考えなのですね?
「脱亜入欧」、世界の一等国の仲間入りをして、彼らと同じように東洋に植民地を作って、他の東アジアの人達の労働力や資源を搾取することで自分たち日本人が利益を得ることをなんの疑問も持たずに受け入れられる、日露戦争以降の大日本帝国の方針と何も変わるところがないのでしょうね?
そう言う考え方の人が最近多くなったと言うことも書きました。それもまた選択肢の一つですよね?
しかし、まあちょっと考えてみてください。
戦争をするとか、暴力で問題を解決するという行為は、強い方にとっては非常に安易な方法であることは間違いないですよね?そう言う意味では戦争肯定暴力賛成も間違いではないと思います。しかしその戦争を実際的にやる人というのは、一般社会の底辺の人達が上層部の為政者(戦わない人達)から命令されてやることですよねえ?弱い方の人達はやはり最底辺の兵士や一般市民はその被害に遭うのは当然ですが、強い方の兵士もやはり同じように被害に遭うと言うことになりますよねえ?
つまり、勝っても負けても、「主権在民」を歌っているはずのこの民主主義の時代において、結局その末端の主権者そのものが戦争によって被害を受ける可能性が一番高いと言うことに依然としてなっている。つまり戦争を決定することの出来る「戦わない人達」の非常に安易な決定によって、私たちが直接被害を受けると言うことは、非常に矛盾したというか、割に合わない構造がそこにあるということですよねえ?
つまり、戦争をするかしないか?の評決を私たち底辺の一般人が自ら決定すると言うことは、実は非常に愚かな判断だと言わざるを得ないと言うことになります。
※ 私たちは、何も訳知り顔に、為政者に楽をさせ、自分たちを死に追い込むような戦争に対して、賛成する必要はないのではないだろうか?といつも思います。実際私たち下々には、国際間の本当のところなど教えてもらったことなどないわけですから、何も知ってなどいないはずです。あるのはその情報操作かも知れない確実性のない政府やマスコミを通じた管理された情報がほとんどを占めているだけです。当事者でさえも全てが分かっているわけでもないだろうし・・。
このように考えると、主権者である私たちは常に戦争に対して反対すればいいのであって、全体の奉仕者であるはずの為政者はもっと汗をかいて、主権者の意志を尊重して、主人を無駄な死に追い込まないように、常に、ない知恵を絞って戦争回避に徹すればいいのですよ。
私個人としては、国民の底辺間においての、戦争賛成とか反対とかの議論そのものが(戦争反対なのに決まっているのだから)ナンセンスだと思っています。
それにしても「アメリカに追随していれば間違いない」という、非常に安易な政治姿勢をこうも長年見せつけられると、もう「属国根性」から逃れられない(他の選択肢を見つけられない)若者が多くなり、やがてこの国は、大国にいいように利用されたあげく、活力なく衰退していく方向に運命づけられているように考えてしまいます。
そう言う意味でも、このクジラ問題くらいは頑張ってもらいたいと思う今日この頃・・・。
○トピずれおつきあいくださってありがとうございました。
うーーん、どうやらあなたはご自身の所属するとご自分で決めた「世界」からしか物事を考えない人のようですね。「現実の世界情勢」というものは、言うまでもなくアメリカを筆頭とするアメリカの提唱するグローバリズムの枠の中に存在する日本の立場からの方向からの視点と言うことですよね?
日本も出来るだけその仲間に入れてもらって、彼らの既得権益のおこぼれをちょうだいすることが日本の立ち位置であるとお考えなのですね?
「脱亜入欧」、世界の一等国の仲間入りをして、彼らと同じように東洋に植民地を作って、他の東アジアの人達の労働力や資源を搾取することで自分たち日本人が利益を得ることをなんの疑問も持たずに受け入れられる、日露戦争以降の大日本帝国の方針と何も変わるところがないのでしょうね?
そう言う考え方の人が最近多くなったと言うことも書きました。それもまた選択肢の一つですよね?
しかし、まあちょっと考えてみてください。
戦争をするとか、暴力で問題を解決するという行為は、強い方にとっては非常に安易な方法であることは間違いないですよね?そう言う意味では戦争肯定暴力賛成も間違いではないと思います。しかしその戦争を実際的にやる人というのは、一般社会の底辺の人達が上層部の為政者(戦わない人達)から命令されてやることですよねえ?弱い方の人達はやはり最底辺の兵士や一般市民はその被害に遭うのは当然ですが、強い方の兵士もやはり同じように被害に遭うと言うことになりますよねえ?
つまり、勝っても負けても、「主権在民」を歌っているはずのこの民主主義の時代において、結局その末端の主権者そのものが戦争によって被害を受ける可能性が一番高いと言うことに依然としてなっている。つまり戦争を決定することの出来る「戦わない人達」の非常に安易な決定によって、私たちが直接被害を受けると言うことは、非常に矛盾したというか、割に合わない構造がそこにあるということですよねえ?
つまり、戦争をするかしないか?の評決を私たち底辺の一般人が自ら決定すると言うことは、実は非常に愚かな判断だと言わざるを得ないと言うことになります。
※ 私たちは、何も訳知り顔に、為政者に楽をさせ、自分たちを死に追い込むような戦争に対して、賛成する必要はないのではないだろうか?といつも思います。実際私たち下々には、国際間の本当のところなど教えてもらったことなどないわけですから、何も知ってなどいないはずです。あるのはその情報操作かも知れない確実性のない政府やマスコミを通じた管理された情報がほとんどを占めているだけです。当事者でさえも全てが分かっているわけでもないだろうし・・。
このように考えると、主権者である私たちは常に戦争に対して反対すればいいのであって、全体の奉仕者であるはずの為政者はもっと汗をかいて、主権者の意志を尊重して、主人を無駄な死に追い込まないように、常に、ない知恵を絞って戦争回避に徹すればいいのですよ。
私個人としては、国民の底辺間においての、戦争賛成とか反対とかの議論そのものが(戦争反対なのに決まっているのだから)ナンセンスだと思っています。
それにしても「アメリカに追随していれば間違いない」という、非常に安易な政治姿勢をこうも長年見せつけられると、もう「属国根性」から逃れられない(他の選択肢を見つけられない)若者が多くなり、やがてこの国は、大国にいいように利用されたあげく、活力なく衰退していく方向に運命づけられているように考えてしまいます。
そう言う意味でも、このクジラ問題くらいは頑張ってもらいたいと思う今日この頃・・・。
○トピずれおつきあいくださってありがとうございました。
これは メッセージ 26423 (jaf3425 さん)への返信です.
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