さあ!諸君!捕鯨問題だ!

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>おっさん、そんな事はどうでもええ、

投稿者: ts657738 投稿日時: 2004/07/30 21:36 投稿番号: [2523 / 62227]
(1)持続的な資源利用というコンセプトは国際合意。人間減らせというのはカルト。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/wssd/
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/wssd/sengen.html
持続可能な開発に関する世界首脳会議
(ヨハネスブルグ・サミット)

(2)真脇遺跡の件は学術的に認められています。
  「若狭の海とクジラ」敦賀短期大学地域交流センター編(同成社)参照のこと。

(3)西国の牛
  室町末期に太地で始まった捕鯨専門集団の鯨組。これは紀州太地から四国・九州方面にそのビジネスモデルが伝播して行って最後に東北へ行き着く。江戸期には西国が捕鯨先進地域でこれは現在でもその文化形態は残っている。おでんだしにコロを使う、あるいはハリハリなどは関西風の典型だろう。関東風のレシピではない。
  ちなみに江戸の町には九州の鯨問屋の出店も存在していた。明治に牛を食うようになる以前に既に江戸時代には西国を中心に鯨肉文化が成立していて、この流れは江戸の庶民にも影響を与えている。
  また、江戸期の日本海側では丹後で捕れた鯨が若狭や越前に売られたという記録があって、やはり広範な鯨の流通網が存在していた。
  戦乱の時代が落ち着いて商品経済が発達するにつれて、鯨という商品は発達して行く流通網に支えられて広範に流通していった訳だ。
  こうした広範な流通網に支えられて商品価値が高くないと、”鯨一つ捕れば、七浦潤う”という経済状況は発生しない。ローカルな品物では商品価値が低く、七浦も潤えない。

  もっとも、現在の”聖地”宮城の鮎川などでは明治以降の近代捕鯨が成立と共に発展していったけれど。
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