さあ!諸君!捕鯨問題だ!

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: 捕鯨問題と人種差別問題は無関係

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2008/02/20 11:16 投稿番号: [23876 / 62227]
>確かにこの捕鯨問題を人種差別問題にからめたがっている連中はいるようだね。

あなたは、すべての自分とは異なる人の主張を,愚かな自分の思いこみによって、深く考えようとする前に切って捨てて、自らの殻の中での勝手な解釈で自己防衛の為に思考停止することで、あたかも問題が解決したような気持ちになり,心の安定を得ようとしている。しかもそのこと自体にも気づかない(気づきたくない為にまた思考停止する)愚かさ・・。

「クジラを殺すのは可哀想だ」という優しい気持ちは非常に大切な感情だと思います。
オーストラリアやアメリカで,「クジラさんが可哀想」とメディアの前で熱く語っているのはその多くが可愛い少女たち。彼女たちの優しさは,もしかしたらやがてはあの憎むべき大量殺戮の装置である戦争をも停止させる力を潜在的に持っているのかも知れない可能性を感じさせてくれる。この子たちの無垢な純真さは何者にも否定できない真実が宿っていると感じる。しかし同時にその経験の少なさから来る無知や,純真すぎる感情から来る排他性による近視眼的直情に隠された思考停止によって、目の前にある多様性を伴った「それぞれの」真実を自覚することができない。彼女たちの日常の食卓には,生きる為の糧として大量の「肉」が用意されている。この「肉」とクジラの「肉」を同じ「生きる為の糧」として同一のものと認識できない愚かさ。無知による愚かさ。彼ら彼女らは,自らの感情によって「可哀想な肉」と「可哀想じゃない肉」を無思考、無自覚な感情によって線引きして「差別化」する自らの愚かさを顧みることができない。

感情は非論理の世界だから「感じる」ことでしか見えてこないものがあるというのも事実で,ここには論理的な対話は存在しない。感じることのできない人との対話は不毛である。
この問題は,まさに多くのさまざまな人の「感じる心」の問題に掛かっているいっても間違いではないと思う。良識ある広範な知識の中で育まれた豊かな感性の中で感じられることのできうる人同士の対話こそより有意義なものになって,より十分な説得力を持つのではないだろうか。

そういう気持ちで下の書き込みをみてそれでも「何がいいたいのか意味が分からない」というのであれば,私も何も言うことなど無い。



※ 「どうして鯨だけが特別なのか?」と言う疑問は、「どうしてアーリア人だけが特別なのか?」と言うナチズムに対する疑問と同じ根っこを持つ、彼等が憎んで断罪したはずの、いまだに自覚されざる彼等の中に内包する「差別主義」の露呈に他ならないのだと言うことに早く気がつかないと、恥ずかしいのじゃ無いの?と思う今日この頃。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)