情操教育の問題(3)
投稿者: tom44 投稿日時: 1999/12/30 14:04 投稿番号: [186 / 62227]
情操教育の問題(3)この教育が不十分なため、『スーパーで売っている肉は話が別』などという幼稚な発想を持ったまま大人になってしまう人がいるわけだ。矛盾を正当化するため、『家畜は別』と言い換えたり、きりがない。繰り返しになるが、動物の生命の犠牲を食するという現実と向き合うためには、人には理由付けが必要なのだ。教育がなく宗教とも無縁であれば、個人で理由を考えそれを信奉するしかないのである。言葉は悪いが学がないのだ。『家畜だからよい』など、差別偏見思想の起源は、多くはこうして生まれたのではないだろうか。
こうなってしまうと、もはや正しい理解は難しい。無論、学ぶ姿勢があれば賛同せずとも理解は出来るだろう。あとは、その人の人格が尊重されてよいわけだ。しかしながら、学ぶ姿勢もなく、逆に人格を平然と踏みにじる連中の多いことには慄然とする思いである。異なる思想を軽蔑、攻撃し、自己を信じて疑わない。特に捕鯨問題では、感傷にひたるばかりの幼稚さが目立つ。国家間の思惑・陰謀や、わが国の鯨肉需要、クジラを求める悲痛な叫びなどの現実から目をそむけ、自己の正当化のために詭弁を弄するばかりである。
(つづく)
これは メッセージ 185 (tom44 さん)への返信です.
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