2極論の愚かさ
投稿者: ts657738 投稿日時: 2002/09/13 00:22 投稿番号: [1769 / 62227]
>捕鯨禁止賛成
クジラ保護賛成
→クジラを抽象化して、漫然と賛成/反対を唱える。
こうした主張はもうとっくに色褪せてしまっている。
持続的な資源利用。
この言葉には、保護すべき種は保護するという覚悟と、利用に耐える種はあくまでも絶やすことなく有効な資源として人間が活用していくという意思が込められている。
淡水棲のカワイルカには保護が必要だ。
シロナガスやセミクジラなら、なんとしても増やしていこうという努力が必要だ。
日本海にコククジラを取り戻そうという主張でもいい。
クジラ保護論は誰でもが必要だと理解して、賛同できる主張がいくらでも可能だ。
そして、決して濫獲がされたことがなく、当然資源として豊富な全世界に100万頭生息するミンククジラなら健全に利用していくことが十分に可能だ。国際捕鯨取締条約やCITESは資源を理由として捕鯨制限をしている以上は、資源が確認されれば捕鯨再開は条約上当然なのだ。
マッコウクジラでも、ニタリクジラでもイワシクジラでも資源を理由に捕鯨制限をした以上、理由が無くなれば捕鯨再開が筋だ。捕鯨国の当然の権利だ。
カワイソウだから、賢いからという理由で捕鯨を規制するなら、それは従来のIWCやCITESとはまったく別の枠組で勝手にやっていただければ宜しい。GP教やWWF教として、ご自由に主張を繰り広げていただいて構わない。合理性のある話には決してならない反捕鯨論は、全くの主観としての思い込み、勘違いとしてのみ生き残るだろう。極めて少数のサポーターと共にカルト宗教として。
捕鯨再開すべきと主張する人間達は、科学的な合理的捕鯨スキームの中で健全な水産資源の利用をして行くことになるだろう。
これからの捕鯨は、資源管理の名においてクジラの保護活動と、資源利用の両面を全く矛盾することなく当たり前に行っていくことになる。クジラは決して抽象的な存在ではなくリアルにこの世界に80余種存在している。利用する種と保護する種、一方的に全面保護の必要など全くないのだ。
これは メッセージ 1767 (sinnjirumonohasukuwarru さん)への返信です.
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