もうすでにモラトリアム前、消費者の鯨離れ
投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/10/03 08:02 投稿番号: [14951 / 62227]
戦後、食卓が洋風化していくにつれて、肉類の需要は年々高まっていった。
それに対応するため、昭和30年代半ばから養豚、養鶏業が盛んになってい
く。豚の飼育頭数は、昭和35年が191万頭なのが、40年には397万
頭、そして45年には633万頭へ、鶏は35年に5462万羽なのが、
40年には1億3838万羽、さらに45年には2億2353万羽へ、それ
ぞれ急速に増えていった。その結果、40年代に入ると肉がだぶつき始めた。
昭和42年には、畜産振興事業団が買い上げて備蓄してきた豚肉を学校給食へ
回す処置まで取られるようになった。こういった状況の下、表1にあるように
肉類供給に占める鯨肉の割合は、30年代後半から下降し始める。また価格の
面でも、表2にあるように昭和40年以降、豚・鶏肉との差が縮まり始める。
国際的な反捕鯨運動は47年6月にストックホルムで開催された「国連人間
環境会議」をきっかけに顕在化するが、それ以前に「消費者の鯨離れ」とい
う内憂が、日本の捕鯨関係者を襲っていたのである。
http://www.maboroshi-ch.com/ata/lif_12.htm■加工食品
不人気でアブれた鯨肉の在庫に頭を悩ませる業界を救ったのが、ハム・ソーセージ
などの練製品の加工技術の開発でした。いわゆる魚肉ソーセージは、原料の半分を
占める鯨肉にマグロの肉を混ぜ込み、香辛料をきかせることで本物のソーセージを
模したものです。大手水産会社はオートメーション工場による生産体制を整え、
魚肉ソーセージの量産・普及を図りました。後に原料は白身の魚に取って代わら
れますが、多くの日本人はそれと知らずに鯨肉を口にしていたわけです。ほかにも、
コンソメスープの原料にするなど需要開拓のために"苦肉"の策が試みられました。
■動物園
1960年代まで、動物園で飼育されている肉食獣・雑食獣の主要な飼料として、
商品価値の下がった鯨肉が選ばれていました(後には馬肉がこれに代わります)。
http://www.kkneko.com/rekishi.htm
これは メッセージ 14944 (crawlingchaos_g さん)への返信です.
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