マンション建設
投稿者: swanslab 投稿日時: 2001/10/07 22:34 投稿番号: [240 / 1126]
yukki54さん
仮榊中野上高田マンション新築工事
― 第1回説明会要約書 をみると、最後のほうに、井戸水の保全についてちらっと要望を住民がだしていますね。
ここをちくちくと攻めるのもいいと思いますよ。調査要望をだすとか。
ところで
yamaY2K1さんにお伺いしたいのですが
マンションの普通の状態とはどのような状態をさしますか。あるとすれば、それは、法的な拘束力のある基準でしょうか。
建築基準法以上の環境を確保したい?という発問は、論理的に順序が逆転していませんか。
というのはですね。日照権というのは、法律で落としどころが決められているというようなフレームがはっきりしたものではないからです。
http://www.naruto-u.ac.jp/shisetu/hou/ken/kenhou.htm
56条の2ですね。
56の2は、昭和40年代以降、日照権をめぐる訴訟が相次ぎ、さらに近年の都市部における高層建築物の建設ラッシュなどにより、いままで法律で規定されもしなかった日照権をこの際、明確にしようという流れのなかでできたものだと私は理解しています。法律の整備を議論した結果、追加された条項ですが、しかし、高層建築物の北側の斜線制限という保護というのは、要するに、日影制限であり、消極的な規定といわざるを得ません。
そういう問題をおいといてもですね、そこで規定されているのが日照権そのものではない以上、従来どおり、人格権侵害(あるいは、独立の被保全権利と考えてもいい)で受忍限度というフレームで、不法行為を構成することができるわけです。難しい言い方ですみませんが、要するに、日照権は、建築基準法56の2とは、関係がない。
最近の判例では、建築基準法内の日影制限をクリアしていても、訴訟では受忍限度をクリアできず、新たに立地しようとする企業側が敗訴する例も多いということはいえます。
はじめに規制基準ありきではなんですよ。権利ありきです。しかも、その権利が日照権という、憲法にも民法にも明文化されていない、幸福追求権の一部か?環境権か?みたいなちょっと収まりのわるいものであり、解釈によっていろいろ幅のある性質の権利だから、訴訟でも勝ち負けは、ケースバイケースということになります。
マンションの普通の状態というものがあるという視点では法律はみないんですね。あくまで権利関係としてみてゆくわけです。権利関係の「普通」はなにかをみるわけです。日照権の問題ではないですが、すでに建設途上の9階建てのマンションをを取り壊しを迫られたケースもあります。多くの理由は、契約違反、権利侵害などですが、どちらにしても、ここで問題の焦点となるのは、すでに住んでいた人や企業の不利益です。
この種の問題は、経済(市場メカニズム)と法律とを分けて論点を整理するのがいいと思われます。いかがでしょうか。
むずかしく書いてすいません。
仮榊中野上高田マンション新築工事
― 第1回説明会要約書 をみると、最後のほうに、井戸水の保全についてちらっと要望を住民がだしていますね。
ここをちくちくと攻めるのもいいと思いますよ。調査要望をだすとか。
ところで
yamaY2K1さんにお伺いしたいのですが
マンションの普通の状態とはどのような状態をさしますか。あるとすれば、それは、法的な拘束力のある基準でしょうか。
建築基準法以上の環境を確保したい?という発問は、論理的に順序が逆転していませんか。
というのはですね。日照権というのは、法律で落としどころが決められているというようなフレームがはっきりしたものではないからです。
http://www.naruto-u.ac.jp/shisetu/hou/ken/kenhou.htm
56条の2ですね。
56の2は、昭和40年代以降、日照権をめぐる訴訟が相次ぎ、さらに近年の都市部における高層建築物の建設ラッシュなどにより、いままで法律で規定されもしなかった日照権をこの際、明確にしようという流れのなかでできたものだと私は理解しています。法律の整備を議論した結果、追加された条項ですが、しかし、高層建築物の北側の斜線制限という保護というのは、要するに、日影制限であり、消極的な規定といわざるを得ません。
そういう問題をおいといてもですね、そこで規定されているのが日照権そのものではない以上、従来どおり、人格権侵害(あるいは、独立の被保全権利と考えてもいい)で受忍限度というフレームで、不法行為を構成することができるわけです。難しい言い方ですみませんが、要するに、日照権は、建築基準法56の2とは、関係がない。
最近の判例では、建築基準法内の日影制限をクリアしていても、訴訟では受忍限度をクリアできず、新たに立地しようとする企業側が敗訴する例も多いということはいえます。
はじめに規制基準ありきではなんですよ。権利ありきです。しかも、その権利が日照権という、憲法にも民法にも明文化されていない、幸福追求権の一部か?環境権か?みたいなちょっと収まりのわるいものであり、解釈によっていろいろ幅のある性質の権利だから、訴訟でも勝ち負けは、ケースバイケースということになります。
マンションの普通の状態というものがあるという視点では法律はみないんですね。あくまで権利関係としてみてゆくわけです。権利関係の「普通」はなにかをみるわけです。日照権の問題ではないですが、すでに建設途上の9階建てのマンションをを取り壊しを迫られたケースもあります。多くの理由は、契約違反、権利侵害などですが、どちらにしても、ここで問題の焦点となるのは、すでに住んでいた人や企業の不利益です。
この種の問題は、経済(市場メカニズム)と法律とを分けて論点を整理するのがいいと思われます。いかがでしょうか。
むずかしく書いてすいません。
これは メッセージ 239 (yamaY2K1 さん)への返信です.