Re: お疲れさまでしたw
投稿者: yaskiriste 投稿日時: 2010/06/11 09:43 投稿番号: [9042 / 15828]
>>別問題だなどと屁理屈言っても無意味じゃねえの??
>別問題なのは別問題なのでどうしようもありません。
屁理屈なのはそちらの方でしょ。
>硫黄島の戦略的な重要性や戦略的な意味を中将の発言をとって時間稼ぎの場所と決めつけ
ているのですから・・・。
>>どんなに重要だったとしても、もたなかったものは仕方なかんべ。
>これこそ屁理屈ですね。
>貴方が時間稼ぎとかいった間違いを屁理屈で胡麻化すのですか?
アナタは硫黄島の戦略的重要性にこだわり過ぎという印象だにゃ??。
米軍の作戦の中での硫黄島の重要性はWIK等の記事でみると、「ジャマだから
ついでに落としておこう後で使えるし・・」、、チョット極端ですがそんな位置
づけでしかない様でもあるし。必要に迫られたとしたら下の記事にある「硫黄島
からのゼロ戦によるサイパン基地攻撃に度々襲われていた」の部分でしょうか?
それが当時の日本軍にとっての効果的な攻撃としては最大のものだったかも知れない
ことを思えば確かに重要でしょうが、もうすでに戦略とは無縁の単発的反撃だったと
すれば戦略的に重要もクソも無いわけですね??
中将の発言も諦め(すでに戦略など無)が前提になっているのじゃなかんべか??
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AB%E9%BB%84%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84#.E3.82.A2.E3.83.A1.E3.83.AA.E3.82.AB. E8.BB.8D.E3.81.AE.E4.B8.8A.E9.99.B8.E8.A 8.88.E7.94.BB
1944年夏、アメリカ軍はマリアナ諸島を攻略し、11月以降B-29による日本本土
への長距離爆撃を開始した。しかし、小笠原諸島は日本本土へ向かうB-29を見張り、
無線で報告する早期警戒システムの監視拠点として機能していた。特に硫黄島から
の報告は最も重要な情報源であった。これにより、日本軍は本土上空で戦闘機を
B-29迎撃に向かわせることができた。またマリアナ諸島からの出撃では、飛行距離
が片道約2,000kmと遠距離であり、護衛戦闘機が随伴できず、さらに日本上空で損傷
を受けたり故障したB-29がマリアナ諸島までたどり着けず海上に不時着することも
多かった。そして、しばしば日本軍の爆撃機飛龍や銀河・一式陸攻が硫黄島を経由
してマリアナ諸島にあるB-29の基地を急襲し、地上で駐機中のB-29に損害を与え
ていた。とりわけ、12月には硫黄島を飛び立った零戦隊「第一御楯特別攻撃隊」
の機銃掃射によって、サイパンのイスレイフィールド・アスリート両飛行場で
11機のB-29が破壊され、8機が大きな損害を受けた。
アメリカ統合参謀本部は、
日本軍航空機の攻撃基地の撃滅
日本軍の早期警報システムの破壊
硫黄島を避けることによる爆撃機の航法上のロスの解消
損傷爆撃機の中間着陸場の確保
長距離護衛戦闘機の基地の確保
等を目的として、硫黄島の占領を決定した[3]。フィリピンにおけるレイテ島の戦い
が終わりに近づくと、沖縄侵攻までの2か月間に行う作戦計画として硫黄島攻略が
決定された。進攻作
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>別問題なのは別問題なのでどうしようもありません。
屁理屈なのはそちらの方でしょ。
>硫黄島の戦略的な重要性や戦略的な意味を中将の発言をとって時間稼ぎの場所と決めつけ
ているのですから・・・。
>>どんなに重要だったとしても、もたなかったものは仕方なかんべ。
>これこそ屁理屈ですね。
>貴方が時間稼ぎとかいった間違いを屁理屈で胡麻化すのですか?
アナタは硫黄島の戦略的重要性にこだわり過ぎという印象だにゃ??。
米軍の作戦の中での硫黄島の重要性はWIK等の記事でみると、「ジャマだから
ついでに落としておこう後で使えるし・・」、、チョット極端ですがそんな位置
づけでしかない様でもあるし。必要に迫られたとしたら下の記事にある「硫黄島
からのゼロ戦によるサイパン基地攻撃に度々襲われていた」の部分でしょうか?
それが当時の日本軍にとっての効果的な攻撃としては最大のものだったかも知れない
ことを思えば確かに重要でしょうが、もうすでに戦略とは無縁の単発的反撃だったと
すれば戦略的に重要もクソも無いわけですね??
中将の発言も諦め(すでに戦略など無)が前提になっているのじゃなかんべか??
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AB%E9%BB%84%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84#.E3.82.A2.E3.83.A1.E3.83.AA.E3.82.AB. E8.BB.8D.E3.81.AE.E4.B8.8A.E9.99.B8.E8.A 8.88.E7.94.BB
1944年夏、アメリカ軍はマリアナ諸島を攻略し、11月以降B-29による日本本土
への長距離爆撃を開始した。しかし、小笠原諸島は日本本土へ向かうB-29を見張り、
無線で報告する早期警戒システムの監視拠点として機能していた。特に硫黄島から
の報告は最も重要な情報源であった。これにより、日本軍は本土上空で戦闘機を
B-29迎撃に向かわせることができた。またマリアナ諸島からの出撃では、飛行距離
が片道約2,000kmと遠距離であり、護衛戦闘機が随伴できず、さらに日本上空で損傷
を受けたり故障したB-29がマリアナ諸島までたどり着けず海上に不時着することも
多かった。そして、しばしば日本軍の爆撃機飛龍や銀河・一式陸攻が硫黄島を経由
してマリアナ諸島にあるB-29の基地を急襲し、地上で駐機中のB-29に損害を与え
ていた。とりわけ、12月には硫黄島を飛び立った零戦隊「第一御楯特別攻撃隊」
の機銃掃射によって、サイパンのイスレイフィールド・アスリート両飛行場で
11機のB-29が破壊され、8機が大きな損害を受けた。
アメリカ統合参謀本部は、
日本軍航空機の攻撃基地の撃滅
日本軍の早期警報システムの破壊
硫黄島を避けることによる爆撃機の航法上のロスの解消
損傷爆撃機の中間着陸場の確保
長距離護衛戦闘機の基地の確保
等を目的として、硫黄島の占領を決定した[3]。フィリピンにおけるレイテ島の戦い
が終わりに近づくと、沖縄侵攻までの2か月間に行う作戦計画として硫黄島攻略が
決定された。進攻作
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これは メッセージ 9025 (tutututon_tutonton さん)への返信です.
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