小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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ドタンバで署名させられた事例

投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/01/09 20:24 投稿番号: [99424 / 232612]
北朝鮮というのは<ドタキャン><瀬戸際>が多い。
どこで最後まで何を用意しているか分からない。
少なくともそういう要素を一つずつ潰していくことが必須でしょう。

<第18富士山丸事件>というのはこのトピのどこかにあったかと思います。
概要は適当なものがないので簡単に書くと以下のとおり。
以下は罪を犯した訳でもないのに、最後の最後で罪を犯したと署名させられた事例です。

主な経緯
① 1983年11月3日第18富士山丸が、北朝鮮南浦港から生ハマグリを積載して出港、船内に日本への逃亡を図った北朝鮮兵士1名が隠れていたことが判明。
② 紅粉船長と栗浦機関長はそのまま門司港に入港、密入国者は入管に引き渡した。
③ その後、北朝鮮への積荷があるので北朝鮮へ向かったが、北朝鮮当局に逮捕され1987年12月に強化労働刑15年の判決を言い渡される。
(②以後、北朝鮮への再入港に至る過程で諸々とあったようですが、ここでは省略します)
④ 外務省は2人の船員の釈放に水面下での接触や交渉を図ったが、合意に至らなかった。北朝鮮は、逃亡兵士の引き渡しを最後まで求めた。この密航者は入管の収容所に置かれたが、1987年に日本での特別在留許可が下り(国籍は韓国)、日本で生活をしている(ついでにいえばその後2回の傷害事件を日本で起こしている)。

この日本人2人の釈放は、1990年9月の金丸訪朝で決まり(悪評高い当訪朝団の唯一の成果と言ってよのかも)、90年10月に自民党小沢幹事長と社会党土井委員長がチャーター便にて平壌に出向いた。

以下(ラストまで)、重村智計「北朝鮮の外交戦略」からの引用です。

しかし、北朝鮮の対応はそれほど甘くはなかった。小沢幹事長と土井委員長に「礼状」の提出を要求したのである。「謝意」を書かないと釈放しないとの「崖っぷち外交」と「脅し」の前に、次のような「謝意」を書かされたのだった。

「自由民主党と日本社会党はこれまで多年にわたり、第18富士山丸船員の釈放のための切なる要請を行ってきました。この要請に考慮した朝鮮労働党の勧告に従い、今般、朝鮮民主主義人民政府は、共和国の法律を侵害した罪で15年の労働強化の刑罰を受け服役中の第18富士山丸の紅粉勇船長と栗浦機関長を人道的見地から大赦令を実施し釈放のうえ日本に返すことにしました。自由民主党と日本社会党は人道的立場から第18富士山丸船員に対して寛大な措置を取られた朝鮮労働党と朝鮮民主主義人民共和国政府に深い感謝の意を表します。自由民主党と日本社会党はこの際、両名が共和国の法律を二度と犯さないようにし、帰国後、両名の言動が日朝友好関係発展に支障を与えることのないよう、あらゆる努力を約束します。   1990年10月11日   両名

これは日本の政治家が国民の無実の罪を主張せず、犯罪者の汚名を受け入れたことになる。「謝意文」を書かなければ、2人は釈放されなかったと弁明するかもしれない。しかし、釈放されなければ日朝正常化交渉の開始は難しくなるわけだから、北朝鮮は結局は妥協せざるをえなくなる。また、釈放は金日成が決定したことであり、それに反する対応は当局はできなかった。こうした北朝鮮の事情を理解していれば、「謝意文」を書く必要はなかったのである。
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