小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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masaさん >: 東条英機元日本国・・

投稿者: yayoijin_matsuei 投稿日時: 2004/01/06 22:30 投稿番号: [98940 / 232612]
>東条大将は、日本民族のことを一番考えていたと思います。戦争に負けたのを氏の責任にするのはまったくおかしい。「マスコミ」的発想だと思います。

お久しぶりです。
マサさんと意見が異なることを了承してくださいね(微笑)。

>勝てば官軍、負ければ賊軍。しかし、あの時代背景を考えた時に、日本は他にとるべき道があったかどうか。

「東条論」もありますが、大正期から昭和の敗戦までを一つの過程として捉えたいですね。

いわゆる自然科学の正否の判断は、自然現象の観測以外に実験によって結果を出すという
ことが普通ですが、社会科学の分野である、或る時期における国家としてとるべき政策の
正否は予め実験で結果を出すわけにもいかず、結局、歴史の判定によるしかないですね。

日本がそれぞれの契機において、他の選択肢は無かったのか?   また、他の選択肢を主張する有力者は
いなかったのか?ということを省みる必要があるのではないかと。

記憶に残ることで言えば、軽重は別にして。
・2.26事件後の内閣で、あの吉田茂は、当初外相に予定されていたんですね。それが
  軍部(陸軍)の横槍で挿げ替えられた。吉田は、日米協調主義者の牧野(元・内大臣)の娘婿で
  あるからと。当時の軍部は内閣のメンバー選定に対して事実上、拒否権を持っていましたからね。
  (軍部大臣・現役武官制を武器に)

・南仏進駐に際しては、幣原喜重郎は近衛首相に強く、反対を申し込みましたね。

その他、もっと色々あると思いますが。
そういう色んな契機において、常にそれらの意見・任用は葬られ、軍部の意見が押し通された
という結果になったのですね。

吉田茂の余談ですが、彼は、予定された外務大臣を外されて、腹を立て、外務省を辞め、
軽井沢の別荘に引きこもってしまった。(彼は金があったからね。うらやましい。)

敗戦までに、もう一回、彼の名前が出てくるのは、近衛上奏文の件ですね。近衛元首相(公爵)が
昭和20年3月(だったか?)、天皇に、この戦争は早期に終戦にすべし、そうでないと、
大変なことになる、と上奏した事件ですが、この上奏文の作成に吉田茂が関わっていたとの
疑いで(治安維持法違反容疑)、逮捕され、2ヶ月余りブタバコに入れられたのです。

話題は変わって、「東条論」ということになれば、
「日本の近代   猪瀬直樹著作集   8」
「日本人はなぜ戦争をしたか」
「昭和16年夏の敗戦」
猪瀬直樹

この本も面白いですね。そのうち読みましたら、感想でも聞かせてください。
(忙しそうなので暫くはだめでしょうけど)
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