小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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ルーズベルトは戦争がしたかった

投稿者: yamamotoiso7 投稿日時: 2004/01/05 16:14 投稿番号: [98825 / 232612]
昭和十六年十二月八日の日米開戦は、決して日米間の不可避な「経済の戦争」や「文明の衝突」ではなかった。

又ドイツがソ連に開戦した直後の一九四一年六月二十九日、フーバー元大統領は、「スターリン支配下のロシアは、人類史上作られた最も血に飢えた独裁恐怖政治であるから、ソビエト・ロシアの参戦は、干渉主義者達の『合衆国はデモクラシーの原理と理念を守るために参戦すべきだ』という主張を崩すものである。」というロシアと第二次ヨーロッパ大戦の現実を指摘し、

アメリカは独ソ両国を互いに戦わせるべきであり、「アメリカのソ連援助は共産主義を世界中にまき広げることになるだろう。だから、アメリカがヨーロッパ戦争に介入しなければ、アメリカの手で恒久的な世界平和がもたらされるときが訪れるであろう。」と予言し、デモクラシー防衛を大義名分とするアメリカの参戦に反対したのである。

だが「帝国主義国家相互間の戦争激発によるソ連および共産主義勢力の防衛と拡大」を画策する親ソ政府高官の助言者達に囲まれ、スターリンとソ連の虚像とを吹聴されていたルーズベルトは、「スターリンは共産主義者などでは全くなく、ただロシアの愛国者である」と公言し、フーバーらの主張に一切耳を貸さなかった。

「我々の外交政策の第一の目的は、米国を戦争に参加させないことである。あなたがたの子供たちは、海外のいかなる戦争に送り込まれることもない。」
これは、一九四〇年十一月、三期目の大統領選挙に臨んだルーズベルトの国民に対する選挙公約である。

当時、アメリカ国民の約八十五%がアメリカの参戦に反対しており、彼等は、公然たる和平の約束と保証を信じ、拍手喝采を浴びせて、ルーズベルトを大統領に選出した。だがその後、彼が採用した外交方針は、公約を無視する、欺瞞に満ちた「戦争介入政策」であった。

ルーズベルトは、十二月二十九日、炉辺談話でアメリカを「デモクラシーの大兵器廠」にすることを宣言、戦時国際法の中立義務(海戦の場合に於ける中立国の権利義務に関する条約第六条)を無視して、武器貸与法(一九四一年三月十一日成立)に基づき、イギリスに対する軍需物資の無償供与を開始したのである。

さらにABCD対日包囲陣が完成した直後、一九四一年八月九日から十四日にかけて行われた大西洋会談では、ルーズヴェルトはイギリスのチャーチル首相と共に共同のメッセージをスターリンに送って対ソ軍事援助に関する米英ソの三国モスクワ会談開催(註、十月一日開催)を提議し、ソ連側は欣然としてこれを受諾したのである。

ルーズベルトは、チャーチルに、「余は宣戦しないかもしれないが、戦争はするかもしれない。もし、議会に宣戦するようにと要請すれば、彼らはそれについて三ヶ月も議論するかもしれない。」と打ち明け、八月二十五日、アメリカ大西洋艦隊に対し「独伊の敵性軍を攻撃撃破せよ」との秘密命令を発し、九月四日、大西洋上において、アメリカ海軍駆逐艦「グーリア」がドイツ潜水艦を先制攻撃したのである。

もしヒトラーが、アメリカの戦争挑発行為に乗ぜられないように、忍耐を重ねていなければ、アメリカは、日本の真珠湾攻撃の三ヶ月前に、公然と戦争に介入していたことは間違いない。
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