その結果ソ連、中国が台頭した
投稿者: yamamotoiso7 投稿日時: 2004/01/05 14:20 投稿番号: [98812 / 232612]
マッカーサーが証言した如く東条内閣が対米英開戦を決断した理由は、確かに我が国の自存自衛であった。だが同時に、それは数学的合理主義と軍事的良識を一切欠いた民族的ハラキリ(自殺)であった。
我が国は、最大最悪の思想的地理的軍事的脅威、ソ連を撃滅する好機をみすみす放棄し、北方の脅威を残したまま、支那事変によって国力を消尽していたにも拘わらず、さらに強大な米英(陸軍は米英の総合国力を日本の約三十倍と見積もっていたという)に戦いを挑んだのである。最終的な勝敗は戦前すでに決していたといってよい。
奇しくも極東方面から増援を得たソ連軍と大寒波が、モスクワに迫ったドイツ軍を撃退し始めた昭和十六年十二月八日、我が海軍空母機動部隊は真珠湾を空襲し、停泊中のアメリカ海軍戦艦五隻、巡洋艦一隻を撃沈(戦艦ネバダは自沈)、戦艦三隻、巡洋艦三隻を撃破するなど大戦果を挙げた。
日米開戦の報を病床で聞いた松岡洋右は涙を流して、「三国同盟は僕の一生の不覚だった。三国同盟はアメリカの参戦防止によって世界戦争の再起を予防し、世界の平和を回復し、国家を泰山の安きにおくことを目的としたのだが事ことごとく志と違い、今度のような不祥事件の遠因と考えられるに至った。これを思うと、死んでも死にきれない。陛下に対し奉り、大和民族八千万同胞に対し、何ともお詫びの仕様がない。」と語ったという。
かねて松岡が警告し予言した如く、日米開戦から三日後、忍耐を重ね、アメリカの参戦防止に努めてきたドイツ政府は、苦悩の末、三国同盟の信義に基づきアメリカに宣戦を布告、一九四一年夏以降、頻繁にドイツに戦闘挑発を仕掛けていたルーズベルトが欲していたアメリカの対ヨーロッパ参戦が実現した。
スターリン率いるソ連は、極東ソ連軍とアメリカの軍事支援を最大限に利用し、ソ連領内に侵入したドイツ軍を撃破し、余勢を駆って東欧を支配下に収めた。
そして全精魂を傾注した支那事変解決の尽力も空しく、支那派遣軍参謀から内閣総力戦研究所に転出した堀場一雄中佐が、我が国に支那事変と同じ轍を踏ませない為に、昭和十六年七月末から九月初旬に亘り南方作戦を仮想演習し、「南方戦争の本質は長期戦なり。而して国力は負担に堪えず。長期戦中ソ連必ず起つ。国家は之に対応するの方策なし。」
と政府に警告した通り、ソ連はドイツに勝利した後、極東に兵力約百六十万、航空機約六千五百機、戦車約四千五百台を揃えて、昭和二十年八月八日、日ソ中立条約を容赦なく蹂躙して対日宣戦を布告、対支米英戦争によって戦力国力の殆どを喪失した我が国にとどめを刺し、同年九月二日、我が国はポツダム文書に調印し連合国に降伏した。
ソ連軍は、満洲樺太千島北朝鮮において、暴行強姦略奪破壊虐殺ありとあらゆる筆舌に尽くし難い大蛮行を為し、日本人居留民約百九十万人のうち約二十二万人を大虐殺し、軍民合わせて五十万を超える日本人をシベリアの凍土に強制連行し(ソ連崩壊後KGBが公表した数は約六十四万人、最近では百万人を越えるという資料も出ている。
シベリアから帰還した日本人は約五十万…)、降伏した関東軍の武器弾薬物資を中国共産党に供給して彼等の支那大陸制覇を支援し、斯くしてソ連は極東アジアの大半をも支配下に収めてしまい、東欧から東亜にまたがる恐るべき巨大な全体主義国家、悪魔の帝国(米国大統領レーガン)に成長したのである。
今ある北朝鮮問題や、中国問題は、過去の選択を誤った結果だと言えよう。
我が国は、最大最悪の思想的地理的軍事的脅威、ソ連を撃滅する好機をみすみす放棄し、北方の脅威を残したまま、支那事変によって国力を消尽していたにも拘わらず、さらに強大な米英(陸軍は米英の総合国力を日本の約三十倍と見積もっていたという)に戦いを挑んだのである。最終的な勝敗は戦前すでに決していたといってよい。
奇しくも極東方面から増援を得たソ連軍と大寒波が、モスクワに迫ったドイツ軍を撃退し始めた昭和十六年十二月八日、我が海軍空母機動部隊は真珠湾を空襲し、停泊中のアメリカ海軍戦艦五隻、巡洋艦一隻を撃沈(戦艦ネバダは自沈)、戦艦三隻、巡洋艦三隻を撃破するなど大戦果を挙げた。
日米開戦の報を病床で聞いた松岡洋右は涙を流して、「三国同盟は僕の一生の不覚だった。三国同盟はアメリカの参戦防止によって世界戦争の再起を予防し、世界の平和を回復し、国家を泰山の安きにおくことを目的としたのだが事ことごとく志と違い、今度のような不祥事件の遠因と考えられるに至った。これを思うと、死んでも死にきれない。陛下に対し奉り、大和民族八千万同胞に対し、何ともお詫びの仕様がない。」と語ったという。
かねて松岡が警告し予言した如く、日米開戦から三日後、忍耐を重ね、アメリカの参戦防止に努めてきたドイツ政府は、苦悩の末、三国同盟の信義に基づきアメリカに宣戦を布告、一九四一年夏以降、頻繁にドイツに戦闘挑発を仕掛けていたルーズベルトが欲していたアメリカの対ヨーロッパ参戦が実現した。
スターリン率いるソ連は、極東ソ連軍とアメリカの軍事支援を最大限に利用し、ソ連領内に侵入したドイツ軍を撃破し、余勢を駆って東欧を支配下に収めた。
そして全精魂を傾注した支那事変解決の尽力も空しく、支那派遣軍参謀から内閣総力戦研究所に転出した堀場一雄中佐が、我が国に支那事変と同じ轍を踏ませない為に、昭和十六年七月末から九月初旬に亘り南方作戦を仮想演習し、「南方戦争の本質は長期戦なり。而して国力は負担に堪えず。長期戦中ソ連必ず起つ。国家は之に対応するの方策なし。」
と政府に警告した通り、ソ連はドイツに勝利した後、極東に兵力約百六十万、航空機約六千五百機、戦車約四千五百台を揃えて、昭和二十年八月八日、日ソ中立条約を容赦なく蹂躙して対日宣戦を布告、対支米英戦争によって戦力国力の殆どを喪失した我が国にとどめを刺し、同年九月二日、我が国はポツダム文書に調印し連合国に降伏した。
ソ連軍は、満洲樺太千島北朝鮮において、暴行強姦略奪破壊虐殺ありとあらゆる筆舌に尽くし難い大蛮行を為し、日本人居留民約百九十万人のうち約二十二万人を大虐殺し、軍民合わせて五十万を超える日本人をシベリアの凍土に強制連行し(ソ連崩壊後KGBが公表した数は約六十四万人、最近では百万人を越えるという資料も出ている。
シベリアから帰還した日本人は約五十万…)、降伏した関東軍の武器弾薬物資を中国共産党に供給して彼等の支那大陸制覇を支援し、斯くしてソ連は極東アジアの大半をも支配下に収めてしまい、東欧から東亜にまたがる恐るべき巨大な全体主義国家、悪魔の帝国(米国大統領レーガン)に成長したのである。
今ある北朝鮮問題や、中国問題は、過去の選択を誤った結果だと言えよう。
これは メッセージ 98805 (yamamotoiso7 さん)への返信です.