小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

戦争を煽った朝日

投稿者: yamamotoiso7 投稿日時: 2004/01/05 11:35 投稿番号: [98799 / 232612]
【東条内閣の和平努力】
組閣の大命、東条英機に下る

近衛は辞表を捧呈した後、木戸内大臣と後継首班について相談し、「政治的にみれば、海相よりは陸相の方が適任と思う。
且つ陸相は、表面は日米交渉の継続に反対したことになって居るが、両三日来の話によっても分かるように、海軍の意向がはっきりせぬ以上は、一度御破算にして案を練り直すということも言っている位だから、陸相が大命を拝したからと云って直ちに戦争に突入することもないと考える。」

という理由を挙げて東条陸相を推薦した。昭和天皇から近衛内閣総辞職に伴う前後処置に就き御下問を受けた木戸は、翌十七日、重臣会議で皇族内閣に反対し、

1、東条は海軍に確信がなければ対米戦はできぬと云っているのだから、東条が新内閣を組織してもそれは対米戦を意味することにはならない。組閣下命の際、陛下から東条に御言葉を賜るなら、それも一つの難局打開策であろう。

2、東条は海軍が開戦に反対なら戦争はできぬという思慮深い考え方になってきている。

3、東条は特に勅命を厳格に遵守する。彼が九月六日御前会議決定の実行を主張したのもこのためである。それ故、もし陛下が九月六日御前会議決定を反古とされ新たな見地での再検討を下命されるなら東条は勅命に従って方針を変更するに違いない。

4、もし主戦派と思われている陸軍が国政を担当し、死力を尽くして対米改善に努力したなら米国の疑惑も解消するであろう。

等の理由を挙げ東条を奏薦した。昭和天皇は後継内閣組閣の大命を東条陸相に下され、木戸を通じて「九月六日の御前会議決定にとらわれることなく、内外の情勢を更に広く深く検討し慎重なる考究を加うることを要す」との御言葉を伝えられた。

これが所謂「白紙還元の御諚」である。大命を受けた東条は、予期していなかっただけに茫然自失の体であったという。

近衛と木戸は八月二日より後継首班について話し合っており、二人の東条奏薦は熟慮の結果と見られる。なぜ彼等は東条によって推薦された和平論者の陸軍大将、東久邇宮稔彦王を奏薦せず、近衛の辞表とは正反対の理由を挙げて東条を奏薦したのか?

戦後の歴史学者は敗戦後に出された回顧録や証言に惑わされ明確な解答を出せないが、実は戦時中すでに、近衛の最高政治幕僚、尾崎秀実が、東条奏薦の理由を含め第二次世界大戦の真実を粉飾なく語っているのである。これについては後述する。

大命降下後、東条は明治神宮、東郷神社、靖国神社を歴拝した。我が国の神々の御加護を得て白紙還元の御諚を実現し日米和平交渉を妥結しようと決意を固めたのであろう。彼は和平論者の東郷茂徳に外相として入閣するよう要請した。

東郷は、「陸軍が支那駐兵について従来の様な強硬態度を続けるなら、外交交渉は不可能に決まっているから、外相は引き受けられぬ。」言うと、東条は、「支那駐兵の問題を含め、日米交渉上の諸問題は再検討されるべきであり、陸軍も合理的基礎の上に協力する。」と確答し、東郷は外相就任を受諾した。

さらに蔵相就任を要請された賀屋興宣は東条に個別会談を求めて、「貴下は日米開戦を決意しているのかどうか、内閣と統帥部との間に一致を欠くとの世評があるが、これでは日米和平交渉の成立も平和の維持も覚つかないが貴見いかに。」
と尋ねると、

東条は、「日米開戦を決意しているようなことは全くない。反対に、日米交渉に努力して何とか成立を期したいと思っている。また政府と統帥部の協調一致について十分努力するつもりである。」と明答し、賀屋に蔵相就任を受諾せしめ、さらに陸相と内相を兼務することを決意した。これは「和」と決した場合、陸軍内の統制を維持し、国内の混乱に対処する為の措置であった。

十七日朝日新聞朝刊の有題無題欄は、
「国民の覚悟は出来ている。ひじきの塩漬で国難に処せんとする決意はすでに立っている。待つところは『進め』の大号令のみ。」と国民はおろか政府に対しても日米開戦を煽動しており、朝日新聞社に洗脳された大衆が「和」に反発して暴動を起こすことが予想されたからである。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)