北京会談17
投稿者: remember140917 投稿日時: 2004/01/04 22:26 投稿番号: [98767 / 232612]
(救う会山口の西岡さんの講演より)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(ここからしばらくは、演壇の右横に座っている有本さんご夫妻に向かって話されていました。)
有本さんの場合はどうなのか、有本さんたちはねえ、まだ全部は分からないのですけど、政治軍事大学では無い可能性が高い。よど号の犯人達が拉致をしているわけです。
ただし、安さんが聞いているんですけど、最初は76年に日本人拉致をやった時には、とにかく闇雲に取ってきた。そうしたらば、工作員の先生に使えない人もいた。
それで、日本の協力者を使うようになって、拉致がしやすくなった。それは聞いたというんです。工作員学校の中で。
その協力者の中に、もしかしたら赤軍派も入っていたのかどうか。
だから、時期としては、77から78に、道ばたで取ってくるような拉致に引き続いて、ヨーロッパでの拉致は84年から始まっているんです。ちょっと遅れているわけです。
協力者を使うということで、そちらの可能性も充分あると。
80年から83年の間に、八尾恵とかがみんなヨーロッパに出て行って、仲間づくりとかやっていたわけですね。
ただし、工作員の日本人化というのはですね、これは安さんが言っているわけではなくて私の考えですが、二種類あったんじゃないかという気がするんです。
つまり、北朝鮮の人間を日本人に化けさせるだけじゃなくて、日本人を北朝鮮の工作員にしてしまう。
先ほど出てきた八尾さんは、日本で証言しましたよね。なぜ日本に居るのかと。
使命を受けて、また日本に戻って来たわけです。拉致をするという使命を終えて、平壌に戻りましたよね。その後、また日本に行って来い。
何の使命を受けたかと言うと、自衛隊の中に北朝鮮のスパイを入れる。そういう使命を持って、日本に入って来て、横須賀でスナックをやっていた。その主要なお客さんは、防衛大学の学生です。
あの時、日本の警察が優秀でですね、八尾さんを捕まえられたから数ヶ月しか営業してなかったから大丈夫だったんですけども、1年、2年やっていたらですね、八尾さんと大変親しい防衛大学の幹部が、どんどん上に上がっていくと、北朝鮮に情報がどんどん抜けていくと、いうことが起きたんです。
これは メッセージ 98766 (remember140917 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y_1/98767.html