虐殺された日本人①尼港事件
投稿者: reading_is_not 投稿日時: 2004/01/01 20:57 投稿番号: [98322 / 232612]
日本は、米英仏と連合してシベリアに出兵し、イルクーツク付近以東の要点を占領し、治安維持に任じた。
大正9年(1920年)5月、尼港事件が起こった。露のパルチザン軍が、尼港の日本軍守備隊、居留民を虐殺したのである。
ここに居留する日本人は約440名、ロシア人のほか、中国人、朝鮮人、英国人など約4500名が住んでいた。
2月24日、過激派軍から休戦を提議してきたので、守備隊長がこれを容れて28日交渉がまとまった。ところが尼港に入った過激派は、協約を全く無視。激烈な市街戦となって戦況は逐次不利となり、大隊長以下大部が戦死、石田領事一家は全員自決、市内の日本居住民は、男はもちろん、老幼婦女のほとんどが虐殺された。
日本軍は、せっかく救援に向かったが、ただの一人も救出できず、ただ同地に
残留したキリスト教徒50名と、恨みを呑んで虐殺された屍体を見出すのみであった。
http://www1.odn.ne.jp/~aal99510/nikoujiken.htm殉難者記念碑
尼港事件はシベリア出兵中の1920(大正9)年3〜5月、ロシアのパルチザンによつてニコライエフスク港の日本守備隊及び居留民約700名が殺害された事件である。
「尼港殉難者記念碑」の傍らには「尼港陣没将士銘」なる2mばかりの碑が建てられてゐる。この碑に記載されてゐる人々が、具体的に祀られてゐるわけである。上は「歩兵中佐
石川正雅」(第二連隊第三大隊大隊長)から下は「馬丁
植木茂右衛門」まで305名の名が記されてゐるが、一人の民間人もそこには存在しない。
http://www.geocities.co.jp/Berkeley/3776/nikou.html
これは メッセージ 98319 (reading_is_not さん)への返信です.
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