酒池肉林の挙句の果ての事故
投稿者: jouhoukikanin87 投稿日時: 2003/12/18 21:11 投稿番号: [96131 / 232612]
ベンツの二種類の「絶対規則遵守」
事故当日の明け方3時ごろ。平壌市安全局の交通巡察隊員がオートバイに乗り、戦傷記念館前の道路を通り過ぎるとき、ベンツ乗用車が街灯にぶつかって潰れているのが見えた。安全員が急いで駆けつけると、運転席の「老人」は一人血だらけになったまま倒れていた。車中からは血の匂いと一緒に酒臭さがぷーんと漂ってきた。
安全員は高級乗用車である点から考えて、どこかの高位幹部の運転手であろうと推測し、急いで近くの平壌第1病院へ移した。当直の医師が診察すると、すでに頭蓋骨が割れ肋骨が数本折れていた。老人の身元を把握しようとポケットをすべて探ったものの、身元を証明することのできるものは何も見あたらなかった。ところが突然、老人の手首に光る時計が目についた。純金の「オメガ」最高級時計であった。医師の眼には時計の中央に刻印された「金日成」という真っ赤な文字が留まった。
当直医は老人が普通の人物でないことをすぐに察し、中央党に電話をかけた。5分も経たずに中央党から人々が急行してきた。「老人」は呉振宇であると判明した。
平壌じゅうの名医たちが急行し、外国の医師たちも急いで連れてこられた。だが非常に重傷だったため、呉振宇は麻酔状態のままモスクワへ送られた。麻酔が切れれば痛みでむしろ命を失う可能性もあった。金正日が呉振宇の息を吹き返らせるためにかかった外貨も膨大だった。
呉振宇は前日の夜、金正日の秘密パーティーに参加した後、夜明けに家へ戻る途中、飲酒運転で事故を起こしたのである。ところが人民武力部長の車を運転兵が運転せず、なぜ年老いた呉振宇が直接運転していたのだろうか。ここにはそれ相応の理由があったのである。
金正日は1986年頃から側近たちに、自分の名義でベンツ乗用車を一台づつ贈った。軍では呉振宇人民武力部長、呉克烈総参謀長、金光鎭人民武力部副部長、金英春作戦局、金チャンソン人民武力部対外事業局などが一台づつもらった。党では張成沢組織指導部第1部部長など側近たちがベンツを受け取る。プレゼントしたベンツは280型モデルで、紋がひとつ付いた小型乗用車だ。特記すべき事実は、誰がこの車を持っていようとも、車両番号はすべて「216-9999」と、まったく同じだということである。後ほど車両番号は「216-5555」に変わる。「216」は金正日の誕生日である2月16日を意味している。
この車には二種類の「オプション」がついている。ひとつは、必ず車両所有者が直接運転しなければならないことであり、もうひとつは必ず金正日が呼んだときだけに使用するべきだ、ということだ。個人的な目的には絶対に使用することはできないとされている。金光鎭人民武力部副部長が1992年ごろ、自分の官用車がないとき、わずかの間だけこの車を運転して飛行場に行ったのだが、党組織指導部に摘発され大目玉を食ったことがあるという。
ベンツは金正日の秘密パーティーに参加するときだけ使用することができた。本人が直接運転することとした理由も、この秘密パーティーの「保安」を守るためである。ある証言者によれば、ある日の夕方ごろ、「216-9999」のナンバーを持つベンツ乗用車20台がいっせいに平壌の中心街を走るという珍しい光景が目撃されたこともあるという。呉振宇は金正日が呼びつけた秘密パーティーに参加したのだが、泥酔状態で不慣れな腕前で運転している途中で、むごたらしい災難に遭ったのである。
先に言及した金チグ、李ファヨン、盧明根、李ジョンモクなどはみな、金正日の秘密パーティーに参加して泥酔した状態で、必ず自ら運転することになっている乗用車により事故を起こしたのである。金容淳の交通事故もやはりこうした脈絡から推論することができる。金容淳は秘密パーティーの固定メンバーであり、彼がいない秘密パーティーはつまらないと言われるほど歌、踊り、機知にとんだ話に優れていたという。ひとことで言えば秘密パーティーの「盛り上げ役」だったということである。
万寿台芸術団舞踊家の出身である高英姫も、やはり秘密パーティー固定メンバーだ。はじめは舞踊家の資格で秘密パーティーに参加し、金正日の固定パートナーになったが、金正日の寵愛を受けて官邸に入ることとなった。高英姫は金正日の妻……事実上金正日の公式の妻は金英淑であるだけに、高英姫は「愛妾」ということができる……になった以後も、秘密パーティーに参加していたことが伝えられている。詳しい内幕こそわからないが、高英姫が自分のかわりに、金正日の側に新しい若い女性が座るのを嫌ったということだ
事故当日の明け方3時ごろ。平壌市安全局の交通巡察隊員がオートバイに乗り、戦傷記念館前の道路を通り過ぎるとき、ベンツ乗用車が街灯にぶつかって潰れているのが見えた。安全員が急いで駆けつけると、運転席の「老人」は一人血だらけになったまま倒れていた。車中からは血の匂いと一緒に酒臭さがぷーんと漂ってきた。
安全員は高級乗用車である点から考えて、どこかの高位幹部の運転手であろうと推測し、急いで近くの平壌第1病院へ移した。当直の医師が診察すると、すでに頭蓋骨が割れ肋骨が数本折れていた。老人の身元を把握しようとポケットをすべて探ったものの、身元を証明することのできるものは何も見あたらなかった。ところが突然、老人の手首に光る時計が目についた。純金の「オメガ」最高級時計であった。医師の眼には時計の中央に刻印された「金日成」という真っ赤な文字が留まった。
当直医は老人が普通の人物でないことをすぐに察し、中央党に電話をかけた。5分も経たずに中央党から人々が急行してきた。「老人」は呉振宇であると判明した。
平壌じゅうの名医たちが急行し、外国の医師たちも急いで連れてこられた。だが非常に重傷だったため、呉振宇は麻酔状態のままモスクワへ送られた。麻酔が切れれば痛みでむしろ命を失う可能性もあった。金正日が呉振宇の息を吹き返らせるためにかかった外貨も膨大だった。
呉振宇は前日の夜、金正日の秘密パーティーに参加した後、夜明けに家へ戻る途中、飲酒運転で事故を起こしたのである。ところが人民武力部長の車を運転兵が運転せず、なぜ年老いた呉振宇が直接運転していたのだろうか。ここにはそれ相応の理由があったのである。
金正日は1986年頃から側近たちに、自分の名義でベンツ乗用車を一台づつ贈った。軍では呉振宇人民武力部長、呉克烈総参謀長、金光鎭人民武力部副部長、金英春作戦局、金チャンソン人民武力部対外事業局などが一台づつもらった。党では張成沢組織指導部第1部部長など側近たちがベンツを受け取る。プレゼントしたベンツは280型モデルで、紋がひとつ付いた小型乗用車だ。特記すべき事実は、誰がこの車を持っていようとも、車両番号はすべて「216-9999」と、まったく同じだということである。後ほど車両番号は「216-5555」に変わる。「216」は金正日の誕生日である2月16日を意味している。
この車には二種類の「オプション」がついている。ひとつは、必ず車両所有者が直接運転しなければならないことであり、もうひとつは必ず金正日が呼んだときだけに使用するべきだ、ということだ。個人的な目的には絶対に使用することはできないとされている。金光鎭人民武力部副部長が1992年ごろ、自分の官用車がないとき、わずかの間だけこの車を運転して飛行場に行ったのだが、党組織指導部に摘発され大目玉を食ったことがあるという。
ベンツは金正日の秘密パーティーに参加するときだけ使用することができた。本人が直接運転することとした理由も、この秘密パーティーの「保安」を守るためである。ある証言者によれば、ある日の夕方ごろ、「216-9999」のナンバーを持つベンツ乗用車20台がいっせいに平壌の中心街を走るという珍しい光景が目撃されたこともあるという。呉振宇は金正日が呼びつけた秘密パーティーに参加したのだが、泥酔状態で不慣れな腕前で運転している途中で、むごたらしい災難に遭ったのである。
先に言及した金チグ、李ファヨン、盧明根、李ジョンモクなどはみな、金正日の秘密パーティーに参加して泥酔した状態で、必ず自ら運転することになっている乗用車により事故を起こしたのである。金容淳の交通事故もやはりこうした脈絡から推論することができる。金容淳は秘密パーティーの固定メンバーであり、彼がいない秘密パーティーはつまらないと言われるほど歌、踊り、機知にとんだ話に優れていたという。ひとことで言えば秘密パーティーの「盛り上げ役」だったということである。
万寿台芸術団舞踊家の出身である高英姫も、やはり秘密パーティー固定メンバーだ。はじめは舞踊家の資格で秘密パーティーに参加し、金正日の固定パートナーになったが、金正日の寵愛を受けて官邸に入ることとなった。高英姫は金正日の妻……事実上金正日の公式の妻は金英淑であるだけに、高英姫は「愛妾」ということができる……になった以後も、秘密パーティーに参加していたことが伝えられている。詳しい内幕こそわからないが、高英姫が自分のかわりに、金正日の側に新しい若い女性が座るのを嫌ったということだ
これは メッセージ 96124 (seiron_893_seiron さん)への返信です.