核と軍―孤立国家の切り札①
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/12/14 06:33 投稿番号: [95567 / 232612]
(1)◎「金日成」の影ない核施設
対空砲とミサイルで防御
北朝鮮の首都平壌から北へ約百キロにある寧辺。朝鮮人民軍のヘリコプターは、丘の上に林立する対空砲と地対空ミサイル陣地の上を2回旋回して着陸した。小型バスでしばらく行くと、高さ十メートルはある金正日の肖像画が見えてきた。
厳重な警備で外界から隔絶され、肖像画の後ろに並ぶ一群の施設。経済破たんと食糧不足に悩む朝鮮半島の小国を世界中が無視できない理由がそこにある。
「ヘリはわれわれを乗せ、ミサイル陣地の上空をこれみよがしに旋回し、いかにこの施設が重要かを見せつけた」と、元米国務省北朝鮮担当官ケネス・キノネス(60)は振り返る。
「原子力研究センター」。実験用原子炉や使用済み核燃料棒貯蔵施設、放射化学研究所などから成り、北朝鮮の最高機密に属するこの施設に1994年11月、米国の科学者や技術者11人が足を踏み入れた。
その前月、ジュネーブで北朝鮮は米国と、核問題の包括的解決と関係正常化の枠組み合意文書に調印。原子炉から取り出した使用済み核燃料棒から核兵器製造用のプルトニウムを抽出せず安全に保管すると約束した。
チーム派遣の目的は、燃料棒の厳重保管と核施設凍結に向けた現場視察。北朝鮮担当官として米朝枠組み合意に至る交渉に加わったキノネスがその監督者に任命された。
センター敷地内の道路沿いの縁石には金正日の言葉が刻まれていた。だが北朝鮮入りし、行く先々で目にした金日成の像も肖像画もない。
「金日成は4カ月前に死去していたが、センターのどこにもその影がないのに驚いた。でも、これではっきりした。北朝鮮の核開発計画を取り仕切ってきたのが誰だったのか」
キノネスらは、86年から稼働している出力5千キロワットの黒鉛減速型実験用原子炉の制御室に通され、続いて百メートルほど離れた使用済み核燃料棒貯蔵施設に案内された。
深さ10メートル、鉛張りの大型水槽に燃料棒約8千本が収められていた。すべて再処理―細断し化学処理―すれば、原爆4、5個分のプルトニウムを抽出できる。
水槽をのぞき、キノネスらは青ざめた。
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金日成は90年、自民党の実力者金丸信と会談し国交正常化交渉を提案した。しかし拉致や核問題で日朝交渉は決裂。北朝鮮は93年に核拡散防止条約(NPT)脱退を宣言、「核」のカードを切り米国とつばぜり合いを繰り広げた。
昨年九月の日朝首脳会談以降の日朝と米朝を取り巻く状況と似ている流れ。そこから現在に至るまでの経緯をたどりながら、「核」と「先軍政治」に支えられた金正日体制を検証する。=敬称略
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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