小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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工作員か定住朝鮮人か

投稿者: ahoahochann12 投稿日時: 2003/11/30 23:54 投稿番号: [94391 / 232612]
  情報衛星打ち上げ失敗に歓喜する者よ!

http://page.freett.com/senmon/hantou/rekishi/zainichi_keisei.html

戦間期日本における定住朝鮮人の形成過程
(社会学研究科博士論文要旨)
金廣烈(Kim,GwangYol)
本論文は、現在日本に定住外国人として存在する在日朝鮮人の原型が如何なる過程を経て形成されたのかを改めて考察し、その形成史の実像にせまろうとするものである。
本論文の主題と関連する諸先行研究の成果と問題点を検討した結果、対象時期および対象主体、課題および方法を次のように設定した。

対象時期は両大戦間期にあたる1920,30年代とするが、30年代は総動員体制のもとで朝鮮人強制労務動員が始まる39年以前までとする。それは次の三つの理由に基づく。・1910年代の朝鮮人の渡日は、日本企業による労働者募集が多かった第一次大戦期に集中していたが、ほとんど出稼ぎ形態であり、同年代末の日本在住朝鮮人人口は3万人にも満たなかった。・植民地農政が本格的に展開されるにつれ、朝鮮全人口の8割が集中していた農村部で激しい階層分化が起こり、膨大な数の離村が発生するとともに、渡日者数が最も激増した時期であった。・1939年以降の第2次大戦期における朝鮮人の渡日は、軍需産業へ集団的に強制労務動員する形態以外は制限されたが、この強制動員された朝鮮人労働者らは、ほとんど日本の敗戦直後に自力であるいは占領軍司令部の指示による厚生省の「計画輸送」で帰国した。したがって、在日朝鮮人の原型は、主に1920,30年代の日本で生活の根拠を持って定住化した層であると考えられる。

対象主体は、朝鮮での生活難を解決しようと職を求めて渡日した朝鮮人、および日本在住朝鮮人の大部分を占めた労働者とする。

(1)従来の研究は多くの朝鮮人が労働者として異郷の地・日本へ渡航せざるを得なかった背景として、日本資本主義側のプル要因に注目していたが、基本的には当時朝鮮で増幅されていた植民地特殊的な社会経済状況がプッシュ要因として強く働いたためであると考えられるので、この点を可能な限り明らかにする。まず、職探し渡日は離村の延長形態であるから、植民地期朝鮮における朝鮮内及び海外への人口移動の概要を把握する。また、この時期の離村の第一原因として、朝鮮の人口の大半を抱えていた農村部の経済的疲弊状況に注目し、土地所有の不均衡、営農収支の悪化という悪循環によって農村中間層がどれほど没落していたのかを検討する。さらに、頻繁に発生した旱害も離村を促した要因であったことを指摘するとともに、自然災害そのものはやむを得ないことではあったが、朝鮮総督府側の曖昧な災民救済対策が緊迫状況におかれていた農民をして離村へ踏み切る二次的原因となったことについて検討する。次に、離村者が朝鮮内に留まらず、海外に特に日本へ労働者として渡る背景として、朝鮮内の劣悪な転職環境を職業別構成の年次別変化、失業状況、職業紹介所の役割、さらに中国人労働者の朝鮮労働市場進出など側面に分けて検討する。
(2)一歩踏み込んだプッシュ要因の具体的な事例として、1920,30年代に朝鮮総督府が被災民および窮民の救済名目で実施した土木事業に焦点を合わせ、その性格と実態、またそれは窮民たちにとってどのような意味のものであったのかを明らかにする。それは、このときの土木事業への就労が、離村寸前の窮民たちにとって数少ない現金収入機会の一つであったからである。さらに、補論として、1932年に摘発された朝鮮土木業界の談合事件を通して、植民地期朝鮮の公共土木事業における本質的問題点を指摘する。
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