台湾少年工=2
投稿者: sa_bo_ten_02 投稿日時: 2003/11/21 22:20 投稿番号: [93512 / 232612]
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元台湾少年工を「強制連行」の被害者として日本告発のネタとすることは、明らかに台湾人への侮辱である。
元台湾少年工の不満は、歴史を知らない日本人から「徴用された」と誤解されることであり、まして「強制連行」などと言われることには怒りさえ覚えるという。なぜなら、彼らは当時、国のために競って志願し、厳格な筆記試験と身体検査を通過して見事合格したエリートとしての誇りがあるからである。
元台湾少年工は、日本に対して「強制連行」の補償を求めたりはしていない。彼らが求めているのは、高座海軍工廠工員養成所(中等学校と同等)の卒業証明書(卒業を確認出来ないものには在職証明書)である。
この六十年振りの卒業証明書授与についての経緯を説明する。
数年前に台湾高座会の有志から「当時の高座海軍工廠工員養成所の卒業証書がほしい」との要望があり、一千名を越える申請者名簿が提出された。しかし日本当局の意向は、「工員養成所の卒業が確認出来る者に対し、中学卒業と同等の証明書を交付する」といふものであり、どうして卒業することが出来なかつたか、といつた配慮がなされたものではなかつた。しかし、何とか打開の道をといふことで、卒業出来なかつた者に対しては、何等かの代るべき証書の交付を受けることが出来ないかと模索された。この申請した全員に資格があるものといへば、それは海軍工廠に勤務してゐたといふ事実であり、これに基づく証明書の交付を申請してはといふことになつた。そしてその証明書には「その功績を讃へ感謝の意を表する」との言葉を記してもらうやう申請した。しかしこれも政府当局に於て、この種の感謝状の交付は前例が無いことなどの事情の説明があり、進展しなかつた。
かうして一年余りの空白の時が過ぎたとき、台湾高座会副会長の何春樹氏より「高座時代に経験した痛烈な人生の一頁を子々孫々に伝へたいの一念である」「そのためには何等かの、それを証明できるものが欲しい」との再度の熱い要望があり、当局との協議の結果、《一、卒業が確認できる者に対しては卒業証明書の交付を受ける、二、卒業が確認できない者に対しては在職証明書の交付を受ける、三、交付の申請書は所定の様式により、あらためて提出する、四、交付の期日はいづれも平成十五年五月十日とし、その日に交付を受ける、五、この取扱は台湾高座会の要望と調整を図り、その方針の一致を得て早期に取運びのこととする、六、感謝状に対する取扱については、別途にその趣旨を理解する関係先に要請してその交付を受けるよう取運びのこととする、》といふ相互に諒解できる範囲を見出し、台湾高座会からも了解を得、再び証書交付の道が開け、当日の証書授与式となつたのであつた。
卒業証明書、在職証明書は、中沢勝義厚生労働省社会援護局業務課長より、各地区区会長に授与された証書が手渡されるごとに、会場から拍手、歓声が湧きあがり、それぞれに感慨深い様子であつた。
感謝状は神奈川県議会・日華議員連盟、大和市国際化協会より授与された。 授与式の後、台湾高座会会長李雪峰氏よりお礼の言葉があり、この卒業証明書・在職証明書を授与された感激と意味を切々と語られた。(『道の友』平成15年11月号、不二歌道會より転載)
またこの台湾少年工の内、空襲などで悲運にも戦没された60名の方が靖国神社のご祭神として合祀されています。今回の証書授与式のために来日された方々と日本人によって靖国神社で合同慰霊際も行われた。
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訃報:
周麗梅さん76歳=台湾戦没英霊記念碑建立委員会会長
周麗梅さん76歳(しゅう・れいばい=台湾高砂義勇隊戦没英霊記念碑建立委員会会長)近親者によると19日、心筋こうそくのため死去。葬儀は12月2日の予定。自宅は台湾・台北県烏来郷烏来村環山路75号。
台湾の先住民族の一つ、タイヤル族の女性長老で、日本統治時代の名前「秋山愛子」として日本でも知られた。
1992年、旧日本兵として太平洋戦争で戦死した高砂義勇隊兵士の霊を慰めるため烏来村に記念碑を建立。01年10月には日本政府に遺骨の早期収容を陳情するなどの活動を続けた。台湾先住民族はかつて高砂族と呼ばれ、志願兵の多くが南方戦線などで戦死した。【台北・飯田和郎】[毎日新聞11月21日] ( 2003-11-21-02:03 )より
電脳補完禄より
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=1435
元台湾少年工を「強制連行」の被害者として日本告発のネタとすることは、明らかに台湾人への侮辱である。
元台湾少年工の不満は、歴史を知らない日本人から「徴用された」と誤解されることであり、まして「強制連行」などと言われることには怒りさえ覚えるという。なぜなら、彼らは当時、国のために競って志願し、厳格な筆記試験と身体検査を通過して見事合格したエリートとしての誇りがあるからである。
元台湾少年工は、日本に対して「強制連行」の補償を求めたりはしていない。彼らが求めているのは、高座海軍工廠工員養成所(中等学校と同等)の卒業証明書(卒業を確認出来ないものには在職証明書)である。
この六十年振りの卒業証明書授与についての経緯を説明する。
数年前に台湾高座会の有志から「当時の高座海軍工廠工員養成所の卒業証書がほしい」との要望があり、一千名を越える申請者名簿が提出された。しかし日本当局の意向は、「工員養成所の卒業が確認出来る者に対し、中学卒業と同等の証明書を交付する」といふものであり、どうして卒業することが出来なかつたか、といつた配慮がなされたものではなかつた。しかし、何とか打開の道をといふことで、卒業出来なかつた者に対しては、何等かの代るべき証書の交付を受けることが出来ないかと模索された。この申請した全員に資格があるものといへば、それは海軍工廠に勤務してゐたといふ事実であり、これに基づく証明書の交付を申請してはといふことになつた。そしてその証明書には「その功績を讃へ感謝の意を表する」との言葉を記してもらうやう申請した。しかしこれも政府当局に於て、この種の感謝状の交付は前例が無いことなどの事情の説明があり、進展しなかつた。
かうして一年余りの空白の時が過ぎたとき、台湾高座会副会長の何春樹氏より「高座時代に経験した痛烈な人生の一頁を子々孫々に伝へたいの一念である」「そのためには何等かの、それを証明できるものが欲しい」との再度の熱い要望があり、当局との協議の結果、《一、卒業が確認できる者に対しては卒業証明書の交付を受ける、二、卒業が確認できない者に対しては在職証明書の交付を受ける、三、交付の申請書は所定の様式により、あらためて提出する、四、交付の期日はいづれも平成十五年五月十日とし、その日に交付を受ける、五、この取扱は台湾高座会の要望と調整を図り、その方針の一致を得て早期に取運びのこととする、六、感謝状に対する取扱については、別途にその趣旨を理解する関係先に要請してその交付を受けるよう取運びのこととする、》といふ相互に諒解できる範囲を見出し、台湾高座会からも了解を得、再び証書交付の道が開け、当日の証書授与式となつたのであつた。
卒業証明書、在職証明書は、中沢勝義厚生労働省社会援護局業務課長より、各地区区会長に授与された証書が手渡されるごとに、会場から拍手、歓声が湧きあがり、それぞれに感慨深い様子であつた。
感謝状は神奈川県議会・日華議員連盟、大和市国際化協会より授与された。 授与式の後、台湾高座会会長李雪峰氏よりお礼の言葉があり、この卒業証明書・在職証明書を授与された感激と意味を切々と語られた。(『道の友』平成15年11月号、不二歌道會より転載)
またこの台湾少年工の内、空襲などで悲運にも戦没された60名の方が靖国神社のご祭神として合祀されています。今回の証書授与式のために来日された方々と日本人によって靖国神社で合同慰霊際も行われた。
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訃報:
周麗梅さん76歳=台湾戦没英霊記念碑建立委員会会長
周麗梅さん76歳(しゅう・れいばい=台湾高砂義勇隊戦没英霊記念碑建立委員会会長)近親者によると19日、心筋こうそくのため死去。葬儀は12月2日の予定。自宅は台湾・台北県烏来郷烏来村環山路75号。
台湾の先住民族の一つ、タイヤル族の女性長老で、日本統治時代の名前「秋山愛子」として日本でも知られた。
1992年、旧日本兵として太平洋戦争で戦死した高砂義勇隊兵士の霊を慰めるため烏来村に記念碑を建立。01年10月には日本政府に遺骨の早期収容を陳情するなどの活動を続けた。台湾先住民族はかつて高砂族と呼ばれ、志願兵の多くが南方戦線などで戦死した。【台北・飯田和郎】[毎日新聞11月21日] ( 2003-11-21-02:03 )より
電脳補完禄より
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=1435
これは メッセージ 93511 (sa_bo_ten_02 さん)への返信です.