図們江(豆満江)の晩秋
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/11/08 06:56 投稿番号: [91944 / 232612]
11月8日付・編集手帳
から
かつて、そこは地元部族の言葉で「すべての水の源」と呼ばれていた。中国・吉林省の国境の街、図們市のことだ。人口は約十万人。その六割が朝鮮族で、市東部を流れる図們江(豆満江)の対岸は、北朝鮮領土だ◆国境に架かる図們大橋のたもとに立った。対岸まで約二百メートル。河原が広く、水が流れる部分は狭くて浅い。四、五階建てのアパートや平屋の農家がよく見える。落ち葉でも燃やしているのだろうか。畑から白い煙がゆっくりと立ち上り、のんびりとした晩秋のたたずまいを見せていた◆中国側の住民は橋の歩哨に通行証を示すだけで、簡単に北朝鮮側に渡ることができる。北朝鮮から中国側に渡ってくる人影を見ることはほとんどない。北朝鮮は通行証の発行を制限している◆中国に住む朝鮮族の人は、北朝鮮側に住む親類や友人に食糧などを手渡すため、橋を渡っていく。北朝鮮の住民の多くは電話を持っていない。手紙を書いて日時を決め、待ち合わせるという◆図們市一帯はこの夏、ひどい冷害に見舞われ、作物は大打撃を受けた。北朝鮮側の事情も同じだろうと土地の人は言う◆中国側に知り合いのいない北朝鮮住民は食糧不足に耐えかね、脱北の道を選ぶ。その悲しみは、専制体制の維持にしか関心のない指導者に理解できるはずもない。間もなく厳しい冬だ。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20031107ig15.htm
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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