国境に溢れる“北のにおい”
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/11/02 07:11 投稿番号: [91383 / 232612]
国境に溢れる“北のにおい”
中国・延辺朝鮮族自治州
平壌の歌姫、金日成バッジ、脱北者…
政情不安、進まぬ経済開発
平壌から来た歌姫、金日成バッジ、そして、脱北者…。豆満江(中国名・図們江)をはさんだ中朝国境の州、中国・延辺朝鮮族自治州(吉林省)は「北朝鮮」のにおいであふれていた。約二百二十万人の人口の半分近くが、朝鮮半島にルーツを持つ朝鮮族。北朝鮮に親類を持つ人も多く、国境周辺の住民は特別な通行証によって両国間の往来が許されている。さくすらない国境の川。手が届きそうな向こう側に“北の国”があった。(中国・延辺朝鮮族自治州で 喜多由浩)
≪北朝鮮レストラン≫
「ここ(中国)へ来てもう二年半になるわ。平壌にいる家族とは離れ離れの生活だけど、別に寂しくはありません」
延辺朝鮮族自治州の州都、延吉市のレストランで働く、金美玉(二三)=仮名=は北朝鮮からやってきた。民族衣装のチマ・チョゴリ、胸には「金日成バッジ」が光っている。平壌では産業を学ぶ大学生だったという。
店の経営者は、在日朝鮮人。約十人いる女性従業員は、特別な許可を得て全員、北朝鮮から連れてきた。彼女らは給仕のほか、ショータイムになると、客の前で歌と踊りを披露する。「アリラン」や「トラジ」、日本の歌も得意だ。
身元がしっかりした朝鮮労働党幹部らの娘がほとんど。別の女性従業員に年齢を聞くと、「当ててみてよ」とおどけたあと、「二十一歳、大学生です」と明るい口調で答えた。二、三年働くと北朝鮮へ帰るという。
こうした北朝鮮レストランは、延吉市内に二、三軒ある。地元客や最近急増している韓国人観光客にも人気だ。同じ言葉に同じ料理…。この土地は“北の歌姫”にとっても心安らげる場所なのかもしれない。
≪出入国許可証≫
中朝国境の豆満江にかかる「図們大橋」(図們市)。カメラを構えると、警備の中国軍兵士が飛んできた。「何を撮っているんだ!!」。国境線にあたる橋の中央付近で、黒っぽい軍服を着た北朝鮮の兵士二人が、不審そうにこちらの様子をうかがっている。橋の向こう側には故金日成主席らしい肖像画も見えた。
両国の住民は、こうしたいくつかの橋を通って行き来している。周辺住民に限って発行される「出入境通行証」があれば、十五日間までは、相手国側に滞在できるのだ。通行時間は平日の午前九時から午後六時まで。一日平均百人が、車や徒歩で国境を越える。
ただし、実際に行き来しているのは圧倒的に中国側の住民(朝鮮族)の方が多い。「行くのは年に一度か、半年に一度ぐらい。事前に手紙で連絡を取り、向こう(北朝鮮)の知り合いの所へ行く。食糧を持っていくことが多いが、商売のために行く人もいる。今年は冷害で、また作柄が良くないようだね」
橋の近くでは金日成バッジや北朝鮮の紙幣、切手を記念品として売っていた。バッジは一つ二十五元(約三百八十円)。「全部本物だよ!」。店のアジュマ(おばさん)が声を張り上げた。
住民が国境を越えるのは橋ばかりではない。豆満江をはさんだ国境線は延々と続く。川幅はせいぜい二十−三十メートル。鉄条網やさくはなく、北朝鮮の住民の動きまで、はっきりと見える。
この川を渡って多くの脱北者が、中国側に逃げ込んだ。その数は数千人とも、数万人ともされる。最近は、警備強化のため、中国側は軍まで投入しているが、その実態については口が重い。
自治州関係者の一人は、「(脱北者は)いるだろう。でも数万人なんてあり得ない。とにかく朝鮮(北朝鮮)の問題なんだ」と語気を強めた。
≪難航する外資導入≫
一九九〇年代初め、中朝両国とロシアが隣接するこの地域が脚光を浴びたことがあった。国連開発計画(UNDP)がかじを取り、外資導入によって一大経済開発区を作る計画(豆満江開発計画)が始まったのだ。
中国側は過去十年間で、この計画に約五十億元(約七百五十億円)を投資したが、道路、鉄道などのインフラ整備や肝心の外資導入は、停滞したまま。空き地ばかりが広がっている。
関係者の多くは、計画が進まない原因が「北朝鮮にある」とみている。地理、自然条件が厳しいうえ、政治的安定がないのが決定的なのだ。経済“浮沈のかぎ”を握るのも、やはり隣り合わせの北朝鮮である。
(11/02)
http://www.sankei.co.jp/databox/n_korea/nkorea_59_1.htm
平壌の歌姫、金日成バッジ、脱北者…
政情不安、進まぬ経済開発
平壌から来た歌姫、金日成バッジ、そして、脱北者…。豆満江(中国名・図們江)をはさんだ中朝国境の州、中国・延辺朝鮮族自治州(吉林省)は「北朝鮮」のにおいであふれていた。約二百二十万人の人口の半分近くが、朝鮮半島にルーツを持つ朝鮮族。北朝鮮に親類を持つ人も多く、国境周辺の住民は特別な通行証によって両国間の往来が許されている。さくすらない国境の川。手が届きそうな向こう側に“北の国”があった。(中国・延辺朝鮮族自治州で 喜多由浩)
≪北朝鮮レストラン≫
「ここ(中国)へ来てもう二年半になるわ。平壌にいる家族とは離れ離れの生活だけど、別に寂しくはありません」
延辺朝鮮族自治州の州都、延吉市のレストランで働く、金美玉(二三)=仮名=は北朝鮮からやってきた。民族衣装のチマ・チョゴリ、胸には「金日成バッジ」が光っている。平壌では産業を学ぶ大学生だったという。
店の経営者は、在日朝鮮人。約十人いる女性従業員は、特別な許可を得て全員、北朝鮮から連れてきた。彼女らは給仕のほか、ショータイムになると、客の前で歌と踊りを披露する。「アリラン」や「トラジ」、日本の歌も得意だ。
身元がしっかりした朝鮮労働党幹部らの娘がほとんど。別の女性従業員に年齢を聞くと、「当ててみてよ」とおどけたあと、「二十一歳、大学生です」と明るい口調で答えた。二、三年働くと北朝鮮へ帰るという。
こうした北朝鮮レストランは、延吉市内に二、三軒ある。地元客や最近急増している韓国人観光客にも人気だ。同じ言葉に同じ料理…。この土地は“北の歌姫”にとっても心安らげる場所なのかもしれない。
≪出入国許可証≫
中朝国境の豆満江にかかる「図們大橋」(図們市)。カメラを構えると、警備の中国軍兵士が飛んできた。「何を撮っているんだ!!」。国境線にあたる橋の中央付近で、黒っぽい軍服を着た北朝鮮の兵士二人が、不審そうにこちらの様子をうかがっている。橋の向こう側には故金日成主席らしい肖像画も見えた。
両国の住民は、こうしたいくつかの橋を通って行き来している。周辺住民に限って発行される「出入境通行証」があれば、十五日間までは、相手国側に滞在できるのだ。通行時間は平日の午前九時から午後六時まで。一日平均百人が、車や徒歩で国境を越える。
ただし、実際に行き来しているのは圧倒的に中国側の住民(朝鮮族)の方が多い。「行くのは年に一度か、半年に一度ぐらい。事前に手紙で連絡を取り、向こう(北朝鮮)の知り合いの所へ行く。食糧を持っていくことが多いが、商売のために行く人もいる。今年は冷害で、また作柄が良くないようだね」
橋の近くでは金日成バッジや北朝鮮の紙幣、切手を記念品として売っていた。バッジは一つ二十五元(約三百八十円)。「全部本物だよ!」。店のアジュマ(おばさん)が声を張り上げた。
住民が国境を越えるのは橋ばかりではない。豆満江をはさんだ国境線は延々と続く。川幅はせいぜい二十−三十メートル。鉄条網やさくはなく、北朝鮮の住民の動きまで、はっきりと見える。
この川を渡って多くの脱北者が、中国側に逃げ込んだ。その数は数千人とも、数万人ともされる。最近は、警備強化のため、中国側は軍まで投入しているが、その実態については口が重い。
自治州関係者の一人は、「(脱北者は)いるだろう。でも数万人なんてあり得ない。とにかく朝鮮(北朝鮮)の問題なんだ」と語気を強めた。
≪難航する外資導入≫
一九九〇年代初め、中朝両国とロシアが隣接するこの地域が脚光を浴びたことがあった。国連開発計画(UNDP)がかじを取り、外資導入によって一大経済開発区を作る計画(豆満江開発計画)が始まったのだ。
中国側は過去十年間で、この計画に約五十億元(約七百五十億円)を投資したが、道路、鉄道などのインフラ整備や肝心の外資導入は、停滞したまま。空き地ばかりが広がっている。
関係者の多くは、計画が進まない原因が「北朝鮮にある」とみている。地理、自然条件が厳しいうえ、政治的安定がないのが決定的なのだ。経済“浮沈のかぎ”を握るのも、やはり隣り合わせの北朝鮮である。
(11/02)
http://www.sankei.co.jp/databox/n_korea/nkorea_59_1.htm
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.