小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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併合までの推移4

投稿者: netuzouhanntai 投稿日時: 2003/10/29 21:44 投稿番号: [91117 / 232612]
皇帝は伊藤統監に会い、
「ハーグへの密使事件は自分の知らないことである。内閣は退位を要求しているが、それは不当だと忠告してほしい」
と懇願しました。それに対して伊藤は、
「陛下がいかに弁明されても、証拠はすべて臣(伊藤自身)の手中にある。この事件は欧米も知っていることだからどうすることもできぬ。退位間題は韓国自身のことであって、自分は関与できない」と答えるだけでした。十八日、第三回の御前会議が開かれました。その時宋らは、譲位を勧告しても聞き入れられない時は、一死あるのみ、として何人かの閣僚は拳銃を用意して臨みました。会議が開かれ、各大臣が譲位を勧めても、高宗は、
「譲位するくらいなら死んだ方がましだ」と答えるのみです。そこで宋は進み出て声を張りあげました。
「それではお願いだが、死んで頂きたい。陛下が死なれれば国と王室は生きるであろう。もし陛下が死なれなければ、我々が死ぬのみである。しかし我々が死んでも、国に何の益にもならない。しかし陛下が死なれれば、国家社会は救われる。どうぞ死んで頂きたい」
かくして皇帝はやっと第二子[土+石](せき・純宗)に譲位しました。皇帝をそこまで追い込んだ宋秉○(そうへいしゅん)のすさまじいばかりの迫力には驚くべきものがあります。被の執念に似た気迫はどこから出るのでしょうか。

彼の思想の根柢をなすものは「二君に仕えず(一人の君主にだけ忠誠を尽すべきだ)」とか、「君君たらずとも、臣は臣たり(君主が君主としての務めを果さずとも臣下は臣下としての務めを果すべきだ。つまり悪い君主でも臣下は懸命に忠誠を尽すべきだとの意味)」とかいう朱子学的忠誠精神ではなく、「民を貴しとなし、社稷(しゃしょく)これに次ぎ、君を軽しとなす(君主のことよりも国民のことを第一に考えるべきだ)」(孟子)という民本主義から来ているものと思われます。それに彼は金玉均に繋がり、ほぼ十年間にわたって日本各地を巡歴しています。妻は日本人であり、日本を知悉しております。それに東亜の大局を見、どうにもならなくなった韓国の国民生活と宮廷の腐敗を立直すには、日本に接触して刺戟を受け、協調するしかないという燃えるような信念を持っていました。日露戦争にも協力し、李容九を会長とする一進会を組織し(一時、百万人の勢力を自称)、死地に身を投ずること十数回、波瀾万丈の生涯を貫きました。

現在の韓国では、宋秉○(そうへいしゅん)は、李完用、李容九と共に、売国奴の筆頭に挙げられていますが、その動機は憂国の至情に発していたことを否定できないのです。これら親日派を売国奴と呼ぶなら、親清,親露路線を歩んだ人々も同じ売国奴でありましょう。それよりも韓国にとって大切なことは、当時国際情勢の厳しさを弁(わきま)えず、事大主義に陥って国論が分裂し、国家としての対応ができなかったのは何故か、その点こそ追求すべきでありましょう。


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