小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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曽我ひとみさんの言葉>産経抄から

投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/10/27 22:09 投稿番号: [90992 / 232612]
産経抄
「(私の母は)めぐみさんの   お母さんとは   全然違う。毎日   工場に通っていて   帰ってくれば   油のにおいしかしない   母だった   から…」。曽我ひとみさん(四四)が地元・佐渡島で開かれた集会で語った“母の思い出”は、聴くものの胸にしみた。
  ▼一こと、一こと、かみしめるように、絞り出すように、詩のような言葉がひとみさんの口からこぼれてくる。当時四十六歳だったミヨシさんは、洋服代を工面するため働きづめだったという。母親とほぼ同じ年齢になり、ひとみさんの表現には深い情感がこもっていた。

  ▼帰国直後、故郷佐渡の島影を機上から見たひとみさんが、記者会見で語った言葉は人を感動させた。「人びとの心、山、川、谷みんな温かく美しく見えます。空も土地もわたしにささやく、お帰りなさいと、頑張ってきたねと」。ひとみさんは巧まざる天性の詩人である。

  ▼北朝鮮の招待所で一時期いっしょに過ごしためぐみさんは「(母早紀江さんは)いっつも香水をつけてて   とってもいいにおい   だったのよ」と語っていたという。きれい好きで裕福な銀行支店幹部の妻だったのか。十三歳の少女が明かす母の思い出も哀切極まりなかった。

  ▼二人が拉致された昭和五十三年といえば、プレハブ永大産業の倒産や俳優田宮二郎さんの猟銃自殺ぐらいで、比較的穏やかに過ぎた一年だった。新潟の海岸で恐るべき北朝鮮の国家犯罪が潜行していたとは、だれが予想していただろう。

  ▼ひとみさんの証言では拉致の工作母船には日本語を話す女工作員が乗っていたという。その北朝鮮は、ブッシュ米大統領が提案した「安全の保証」の文書化を“笑止千万”と一蹴(いっしゅう)したが、いま一転して“考慮中”であると。一体、この国は何なのか。

http://www.sankei.co.jp/news/column.htm
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