大韓航空機撃墜事件の疑問
投稿者: abcxyz_news 投稿日時: 2003/10/22 08:11 投稿番号: [90637 / 232612]
007便に生存者あり、ロシア強制収容所に抑留中、
マクナルド米国下院議員はモスクワのルビヤンカ刑務所に収監中。
此の報告書の著者はA・シフリンなる人物。
住所はイスラエル国エルサレム市91235ラモン私書箱23678号。
A・シフリンの肩書はソ連刑務所・精神刑務所・強制労働収容所調査センターの理事。
報告書の共著者の名前もE・シフリンとあり、肩書は事務局長になっている。
二人は家族か兄弟なのだろう。
前書きにはこう書いてある。
「以下は1983年樺太沖で撃墜された太韓航空ボーイング
747型機(007便)と、其の乗員乗客の不可解な消失に
関するCIAの暗号文極秘報告書を分析したものである。」
二人の報告書を紹介するのは、
米国のキリスト教団が発行元の機関新聞『ミッドナイト・メッセンジャー』紙。
報告書掲載日は94年1・2月号となっている。
89年以降からこの事件の犠牲者(行方不明の乗客ら)について
追跡調査を続けてきた彼等(調査センター)は、90年になってある確証を得たという。
その大韓航空機はソ連空軍機が発射した二発のミサイルで大破して
海中に沈んだのではなくて、樺太に近いモネロン島付近の浅い海に軟着水させられた。
乗客(この中には米国下院議員ローレンス・P・マクドナルド氏も含まれる)と
乗員はソ連軍沿岸警備隊の手で洋上に浮かぶ機体から連行された。
この情報はシフリンらのソ連の地下情報網から得たもので、
事件のほぼ「完全な実態」を掴んだシフリンらは、
米国上院議員のジェシー・ヘルムズに連絡、調査結果を伝えている。
ところがヘルムズ議員が反応してきたのは、
90年11月、つまり6ヶ月もたってからだった。
更にヘルムズ議員らは、情報の詳細を求めてくるものの、
それを求めるまでに又1年を要した。シフリンは半ば呆れている。
91年5月にようやくヘルムズ議員がシフリンらを訪ねる。
議員側近の幹部3人も同行してきた。
J・ルシエ博士、D・サリバン氏、V・フェディ氏。シフリンらはソ連から証人を
呼び寄せ、ヘルムズ議員らの質問に答えさせた。
証人らが宣誓書にサインして供述した証言にヘルムズ議員は納得した。
大韓航空機007便は大破せず、乗客全員は無事生存している事を
裏付ける「圧倒的」証拠が揃ったとヘルムズ議員らを認めた。
シフリンはこれらの調査結果を提供するかわりに、
ソ連が乗客を誘拐同様に扱った事態を米国上院公開聴聞会で取り上げる事、
並びに米国政府による徹底調査を実行するよう「依頼」した。
ヘルムズ議員ら1行は、シフリンらの依頼に賛意を示したものの、
実際にその依頼の結末を得るまでには再び相当な時間がかかった。
ヘルムズ議員らの返事は、絶えずまちまちで
「ただいま、大統領宛の特別報告書を作成中につき、今しばらく待って欲しい」
とす る返答ばかり。 ・・・・・・
http://sinobu10.hp.infoseek.co.jp/daikannkoukuukigekitui1.html
(参考)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=bpjfa4lla5fa5m&sid=1143582&mid=138133
マクナルド米国下院議員はモスクワのルビヤンカ刑務所に収監中。
此の報告書の著者はA・シフリンなる人物。
住所はイスラエル国エルサレム市91235ラモン私書箱23678号。
A・シフリンの肩書はソ連刑務所・精神刑務所・強制労働収容所調査センターの理事。
報告書の共著者の名前もE・シフリンとあり、肩書は事務局長になっている。
二人は家族か兄弟なのだろう。
前書きにはこう書いてある。
「以下は1983年樺太沖で撃墜された太韓航空ボーイング
747型機(007便)と、其の乗員乗客の不可解な消失に
関するCIAの暗号文極秘報告書を分析したものである。」
二人の報告書を紹介するのは、
米国のキリスト教団が発行元の機関新聞『ミッドナイト・メッセンジャー』紙。
報告書掲載日は94年1・2月号となっている。
89年以降からこの事件の犠牲者(行方不明の乗客ら)について
追跡調査を続けてきた彼等(調査センター)は、90年になってある確証を得たという。
その大韓航空機はソ連空軍機が発射した二発のミサイルで大破して
海中に沈んだのではなくて、樺太に近いモネロン島付近の浅い海に軟着水させられた。
乗客(この中には米国下院議員ローレンス・P・マクドナルド氏も含まれる)と
乗員はソ連軍沿岸警備隊の手で洋上に浮かぶ機体から連行された。
この情報はシフリンらのソ連の地下情報網から得たもので、
事件のほぼ「完全な実態」を掴んだシフリンらは、
米国上院議員のジェシー・ヘルムズに連絡、調査結果を伝えている。
ところがヘルムズ議員が反応してきたのは、
90年11月、つまり6ヶ月もたってからだった。
更にヘルムズ議員らは、情報の詳細を求めてくるものの、
それを求めるまでに又1年を要した。シフリンは半ば呆れている。
91年5月にようやくヘルムズ議員がシフリンらを訪ねる。
議員側近の幹部3人も同行してきた。
J・ルシエ博士、D・サリバン氏、V・フェディ氏。シフリンらはソ連から証人を
呼び寄せ、ヘルムズ議員らの質問に答えさせた。
証人らが宣誓書にサインして供述した証言にヘルムズ議員は納得した。
大韓航空機007便は大破せず、乗客全員は無事生存している事を
裏付ける「圧倒的」証拠が揃ったとヘルムズ議員らを認めた。
シフリンはこれらの調査結果を提供するかわりに、
ソ連が乗客を誘拐同様に扱った事態を米国上院公開聴聞会で取り上げる事、
並びに米国政府による徹底調査を実行するよう「依頼」した。
ヘルムズ議員ら1行は、シフリンらの依頼に賛意を示したものの、
実際にその依頼の結末を得るまでには再び相当な時間がかかった。
ヘルムズ議員らの返事は、絶えずまちまちで
「ただいま、大統領宛の特別報告書を作成中につき、今しばらく待って欲しい」
とす る返答ばかり。 ・・・・・・
http://sinobu10.hp.infoseek.co.jp/daikannkoukuukigekitui1.html
(参考)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=bpjfa4lla5fa5m&sid=1143582&mid=138133
これは メッセージ 90636 (remember140917 さん)への返信です.