支那は断じて差別語にあらずー①
投稿者: rachi_yamero 投稿日時: 2003/10/16 00:48 投稿番号: [90160 / 232612]
http://homepage2.nifty.com/o-tajima/sina.html
「支那」呼称について
現在、支那のことを「中国」と言い換え、「支那」という呼称が「差別用語である」というおかしな主張する人が少なからずいます。が、わたくしは逆に「支那は断じて差別語にあらず」「逆に『中国』という語こそ不用意に用いるべきではない」と信じております。このため、私のページでは「現代の中華人民共和国」の略称としてのみ「中国」を用い、それ以外の通時代的・地域的・文化的な呼称はすべて「支那」を公然と用いています。
理由は以下のとおりです。
1.本来「支那」は、支那大陸を初めて政治的に統一した王朝・「秦(シン)」がインドに伝わって訛り「シナ」となって、支那を指す総括的語彙とされたもの。それがわが国にも古代に伝わり、また別に西洋に伝わって「China」「Sina」と呼ばれたものが再び江戸時代末期に再輸入された語である。「支」も「那」も「シナ」の音を当てはめただけで、特に意味を持っていない(逆に朝鮮・支那人が日本を侮蔑する「倭奴」「鬼子」「チョッパリ(豚の足の意)」は字義・語義から言っても差別的である)。それどころか、「震旦」「脂那」「至那」などのいくつかの候補の中から支那人自らが選び出した呼称でる。従って西洋人が「China」「Chinese」に何ら侮蔑的意味を込めず普通に呼んでいるのと同様、「支那」の語の使用にも何ら他意は含まれていない。
2.そもそも「中国」とは日本国内に於いては、わが国の山陰・山陽地方を合わせた地方名である。自国内の地方名と外国の名前が重なった場合、自国内の呼称を優先させるのは、普通の国であれば当然である。たとえば「中国で大地震」などという表現は、誤解を生じやすい。日本の地方名と外国の地域名を区別する意味からも「支那」を使う方が便利である。
3.百歩譲って「中国」が「中華人民共和国」もしくは「中華民国」の略称だと認めても、辛亥革命以前の、あの地域を指す呼称としては全くふさわしくない。通時代的に用いる呼称としては、欧米でも「China」が用いられており、「China」と同義の「支那」を用いるのがふさわしい。
4.学術・文藝分野でも「中国」呼称はあまりふさわしくない。「古代中国文化」という表現は現在そこにある国名を無理に使っている点で「古代カナダ文化」と呼ぶのと同様に滑稽である(呼ぶなら「北アメリカ文化」であろう。「アメリカ」はUSAを指す国家名であると同時に地域を指す汎用的な呼称である。私は両者を区別するためUSAのことは「米国」と呼ぶ)。また、「中国」という国名に関しては相当にイデオロギー的側面(国家承認の問題、自由主義と共産主義の問題、中華民国と中華人民共和国の正統性の問題)を持つ政治臭漂う言葉であるため、文学作品(歌・句・詩など)にも合わないし、歴史叙述でも論者の立場を縛ってしまうため、使用しにくい。
5.日本国内には「多くの中国人が『支那』と呼ばれるのを嫌っている」という怪説があるが、全くのウソである。現在の中国人の多くは「支那」が差別語であるとは感じていない。日本国内で生まれた迷信である。それ以前に、日本で自分たちの国を「支那」と呼んでいる人がいるということ自体ほとんどの人は知らない(考えてみれば当たり前の話で、英国民5900万人の中に自分たちの国が日本で「エ−コク」と呼ばれていることを知っている者がどれだけいるか)。中国人口13億人の中に「支那」という呼称が日本で用いられていることを知っている者はたかだか0.1パーセント未満しかいない。その中でも「差別語である」と主張する者はもっと少ない。そんなごく少数派の都合に合わせるのは無意味である。
6.現代の中華人民共和国で最も権威ある国語辞典「漢語大詞典」によれば、「『支那』は、『秦』の音の訛りであり、古代インド・ギリシャ・ローマ・日本などがわが国を呼ぶ名である」と書いてあり、蔑称であるとは一言も記されていない。むしろそこに引用されている参考文献には「単なる名称であって別段の意義はない」と明記されている。中国国内には「支那」を差別的呼称とする一般的な通念は存在しないのである。
7.確かに戦前(昭和5年)、中華民国政府は大日本帝国に対し、「支那」呼称をやめ「中国」と呼ぶように要求し、日本政府もこれを受諾したが、あくまで国家間の外交文書の中で国家名を指す場合のものである。国家名以外の文化・学術分野で「支那」と呼ぶことには何の支障もないし、日本は中華人民共和国と違って言論自由の国であるから、政府が決めたとて国民個人がそれに従う義務もない。また、あくまで上記要求は中華民国政府外交部からなされた要請であり、中華人民\xB6
「支那」呼称について
現在、支那のことを「中国」と言い換え、「支那」という呼称が「差別用語である」というおかしな主張する人が少なからずいます。が、わたくしは逆に「支那は断じて差別語にあらず」「逆に『中国』という語こそ不用意に用いるべきではない」と信じております。このため、私のページでは「現代の中華人民共和国」の略称としてのみ「中国」を用い、それ以外の通時代的・地域的・文化的な呼称はすべて「支那」を公然と用いています。
理由は以下のとおりです。
1.本来「支那」は、支那大陸を初めて政治的に統一した王朝・「秦(シン)」がインドに伝わって訛り「シナ」となって、支那を指す総括的語彙とされたもの。それがわが国にも古代に伝わり、また別に西洋に伝わって「China」「Sina」と呼ばれたものが再び江戸時代末期に再輸入された語である。「支」も「那」も「シナ」の音を当てはめただけで、特に意味を持っていない(逆に朝鮮・支那人が日本を侮蔑する「倭奴」「鬼子」「チョッパリ(豚の足の意)」は字義・語義から言っても差別的である)。それどころか、「震旦」「脂那」「至那」などのいくつかの候補の中から支那人自らが選び出した呼称でる。従って西洋人が「China」「Chinese」に何ら侮蔑的意味を込めず普通に呼んでいるのと同様、「支那」の語の使用にも何ら他意は含まれていない。
2.そもそも「中国」とは日本国内に於いては、わが国の山陰・山陽地方を合わせた地方名である。自国内の地方名と外国の名前が重なった場合、自国内の呼称を優先させるのは、普通の国であれば当然である。たとえば「中国で大地震」などという表現は、誤解を生じやすい。日本の地方名と外国の地域名を区別する意味からも「支那」を使う方が便利である。
3.百歩譲って「中国」が「中華人民共和国」もしくは「中華民国」の略称だと認めても、辛亥革命以前の、あの地域を指す呼称としては全くふさわしくない。通時代的に用いる呼称としては、欧米でも「China」が用いられており、「China」と同義の「支那」を用いるのがふさわしい。
4.学術・文藝分野でも「中国」呼称はあまりふさわしくない。「古代中国文化」という表現は現在そこにある国名を無理に使っている点で「古代カナダ文化」と呼ぶのと同様に滑稽である(呼ぶなら「北アメリカ文化」であろう。「アメリカ」はUSAを指す国家名であると同時に地域を指す汎用的な呼称である。私は両者を区別するためUSAのことは「米国」と呼ぶ)。また、「中国」という国名に関しては相当にイデオロギー的側面(国家承認の問題、自由主義と共産主義の問題、中華民国と中華人民共和国の正統性の問題)を持つ政治臭漂う言葉であるため、文学作品(歌・句・詩など)にも合わないし、歴史叙述でも論者の立場を縛ってしまうため、使用しにくい。
5.日本国内には「多くの中国人が『支那』と呼ばれるのを嫌っている」という怪説があるが、全くのウソである。現在の中国人の多くは「支那」が差別語であるとは感じていない。日本国内で生まれた迷信である。それ以前に、日本で自分たちの国を「支那」と呼んでいる人がいるということ自体ほとんどの人は知らない(考えてみれば当たり前の話で、英国民5900万人の中に自分たちの国が日本で「エ−コク」と呼ばれていることを知っている者がどれだけいるか)。中国人口13億人の中に「支那」という呼称が日本で用いられていることを知っている者はたかだか0.1パーセント未満しかいない。その中でも「差別語である」と主張する者はもっと少ない。そんなごく少数派の都合に合わせるのは無意味である。
6.現代の中華人民共和国で最も権威ある国語辞典「漢語大詞典」によれば、「『支那』は、『秦』の音の訛りであり、古代インド・ギリシャ・ローマ・日本などがわが国を呼ぶ名である」と書いてあり、蔑称であるとは一言も記されていない。むしろそこに引用されている参考文献には「単なる名称であって別段の意義はない」と明記されている。中国国内には「支那」を差別的呼称とする一般的な通念は存在しないのである。
7.確かに戦前(昭和5年)、中華民国政府は大日本帝国に対し、「支那」呼称をやめ「中国」と呼ぶように要求し、日本政府もこれを受諾したが、あくまで国家間の外交文書の中で国家名を指す場合のものである。国家名以外の文化・学術分野で「支那」と呼ぶことには何の支障もないし、日本は中華人民共和国と違って言論自由の国であるから、政府が決めたとて国民個人がそれに従う義務もない。また、あくまで上記要求は中華民国政府外交部からなされた要請であり、中華人民\xB6
これは メッセージ 90134 (kurakurashichau さん)への返信です.