うまくいかない経済特区①
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/10/07 03:59 投稿番号: [89467 / 232612]
久しぶりですね、remember さん。
北朝鮮の経済特区の設置は決して新しいものではなく、80年代後半に法律を作って、91年から実施しています。
結局これまで失敗しているのですけれど、RENKは「取り込み詐欺」といっていたと思います。
私の説明よりも、以下の抜粋を。
重村智計「北朝鮮データブック」(講談社現代新書2002年)
自由経済貿易地帯の失敗
北朝鮮は、悪化する経済の立て直しのために、部分的な経済開放施策を模索し、外国の企業誘致などを目指した合営法などを制定した。改革なき開放政策の試みである。
まず、外国企業の投資を誘致するために、合営法を1984年9月に制定した。91年12月には、羅津・先鋒地区を自由経済地帯に指定した。
1994年8月には、深刻な消費物資不足を打開するために、「8・3人民消費財案」が実施された。これは個人の商業活動や企業育成を目的とした政策であった。さらに89年、金正日総書記は、国家企業に独立採算性を拡大・適用するよう指示した。これらの政策は、経済改革と部分的な開放政策に手をつけようとしたものであったが、成功しなかった。
北朝鮮は、日本海側のロシア国境に近い約746平方キロの地域に自由経済貿易地帯を設定し、日本やアメリカなどの企業誘致を推進したが、成功しなかった。
この自由経済貿易地帯は、外国企業にとって魅力がなかった。各企業は自由に労働者を雇用できなかった。北朝鮮は、この経済特別地帯を周辺地域から分離した。思想的に問題のない住民だけがこの地帯で働けたので、企業は自由に労働者を雇えなかった。企業が必要とするのは、志操堅固な労働者でなく、優秀な労働者である。労働者の賃金も、北朝鮮当局との一括契約であった。
国内の企業から調達する資材の価格を、平壌の価格決定機関が決めた。これでは、企業は困る。市場機能がなければ、ある日突然価格を上げられるかもしれない。自由経済貿易地帯で生産された商品は、北朝鮮国内で販売できるとされたが、価格設定と支払い条件も平壌の統制が優先された。
これは メッセージ 89460 (remember140917 さん)への返信です.
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