中国の民主弾圧 2
投稿者: netuzouhanntai 投稿日時: 2003/09/23 19:57 投稿番号: [87988 / 232612]
迫害の体験を訴える学習者
私の姉・呉小華
先ほど角間先生がご紹介なさいました報告書の57ページに写真付きで掲載されているのは、実は私の姉・呉小華です。姉は5人兄弟姉妹の一番上で、真中に立っているのが姉です。右側にいるのが私です。私は日本に来て8年になりますが、私が最後に姉と会ったのは2000年のお正月、安徽省合肥市の牢獄の中でした。
私は姉とは歳が離れていたため、子供の頃から、母親のように面倒を見てもらいました。私は中国にいた頃には看護婦をしていましたが、看護婦になるための専門学校3年間の生活費は、全額姉が出してくれました。姉は安徽省建築工業学院で助教授として勤務しており、学校での評判は大変に高い人でした。学生の中に貧しい人がいれば援助したり、他の地域の水害や災害などの救援活動にも、積極的に参加していました。
姉は、法輪功を始める前には体調が悪く、重度の糖尿病と診断されていました。ところが法輪功を始めてからすっかり元気になり、糖尿病も快方に向かいました。病気のときには、義兄が家事一切を担当していましたが、法輪功を始めてからは見違えるように元気になり、家事などもできるようになったのです。義兄はこうしたことから、法輪功に感謝の気持ちで一杯です。
姉は1999年、法輪功が弾圧される前に日本に来て、日本の法輪功交流会に参加しました。当時私の夫は、大学院生としての生活を修了したばかりで、経済的に貧しかったんですが、姉は私たちに気を使って、川べりや郊外で野草を摘んできて、干し草をたくさん作ってくれました。もう4年も経っていますが、干し草の香りはいまでも残っています。
姉が来日して1ヵ月半位経ったとき、学校から「早く帰ってきてください。法輪功の問題と関わっているから」という電話が来まして、姉は何の疑問も持たずに「じゃ、帰りましょう」と言ったんです。日本にいる私たちは、すでに法輪功への弾圧の恐ろしさを感じていましたが、姉は3ヵ月の"親族訪問"という在留資格を得て来日していましたので、いずれ帰国しなければならないし、真面目な性格なので「私は夏休みを利用し日本へ来た。夏休みが終わったら必ず学校へ戻り、授業をすると学生達に約束したから」と言い、私たちの懸念を撥ね除けて、断固として帰国しました。
これは メッセージ 87971 (nishitokyolions さん)への返信です.
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