小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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では啓蒙活動:日本の善政2

投稿者: netuzouhanntaii 投稿日時: 2003/09/18 23:16 投稿番号: [87307 / 232612]
「韓国は日本人がつくった   ―朝鮮総督府の隠された真実―」   黄文雄   2002年   徳間書店
韓国の医療史や疫病史を見ると、たいていは巫女(シャーマン)をはじめさまざまな信じられない迷信によって治療を行っていた。グレブストの『悲劇の朝鮮』のなかに、いくつかの治療法が書かれている。たとえば、牛糞を塗る。ヒマワリの種を湯がいて食べる。患者がモモの種を二つに割り、一方に「日」の字、もう一方に「月」の字を書いてハチミツで再びくっつけて一気に飲み込む。小さな蛙を3匹生きたまま丸飲みする(腹痛に即効)。重症の場合は、煮たカササギを1羽、あるいは焼いた犬の足を4本食べるといい。あるいは、茄でた熱い海藻を腹のまわりに巻く。じっくり沸かしたお湯に40歳の女性の髪の毛を入れて飲む。ガマガエルを地面に仰向けにし、その腹を3度叩いて地中に埋め、また掘り出してから紐でしっかり縛ってから火で焼いて粉にして水で飲む、など。こういった民間療法は、数千年来ほとんど変わっていなかった。

ところが、大韓帝国の最後の皇太子(純宗)の妃・純明皇后は、こういった民間療法の医者にかかって死んでしまった。皇太子妃ははじめ、腹が腫れた病気にかかり、女医たちに診てもらったところ、「ご懐妊」との診断であった。女医たちは高宗からご褒美をもらったが、間もなく大変なことになると察知して逃げてしまった。妊娠ではないとわかった高宗も、あわてて韓国一の名医に診てもらい、妃の腹に悪霊(鬼)がすみついたと信じ、城門の戸板をはがして煎じて妃に飲ませたものだった。その数日後、妃はあえなく逝去した。韓国最高の名医でさえ、この有り様である。韓国の医療衛生状況が、いかなるものだったかが窺い知れるだろう。


「白凡逸史   -金九自叙伝-」   梶村秀樹訳   1973年   平凡社東洋文庫
(金九は独立運動家で、上海にあった大韓民国臨時政府の主席であった。)
父の子供の頃の別名は「孝子」だった。それは、祖母が亡くなる時父が自分の左手の薬指を小刀で切ってお祖母様の口に血を注ぎ入れられたところ、いったんよみがえられ、三日間生き延びられたことからきているという。
(中略)
わたしは、以前祖母の亡くなられる時、父上が「断指」をなさったことを思い出し、わたしもせめて「断指」でもして、一刻でも父の命を延ばしたいと思った。だが、わたしが「断指」するのをごらんになれば母上が心を痛められるだろうと思うと、それもできず、その代わりに自分の腿(もも)の肉を一切れ切り取り、血は器にとって父の口に流し込み、肉は火にくべて、「薬です」と言って父上に差し上げた。それでも目立った効験がないので、血と肉の量がまだ足りないのだろうと思って、私は再び小刀をとり、前のものよりもっと大きく肉を切り取ろうとした。ざくっと切りこんではみたが、切り取ろうとするととても痛く、傷口がついただけで切り取ることはできなかった。『「断指」や「割胯(腿を割きとること)」は孝子のすることで、私のような不孝者にはそれもできないのだ』と、自らを欺いたのだった。


「朝鮮紀行」   イザベラ・バード   1897年   (時岡敬子訳   1998年   講談社学術文庫)
この街道沿いでも村々のそばには、村人をコレラなどの伝染病から守るという、先が二股になった柱が立っていた。その日ある四つ辻を通ったとき、ねずみ捕りのような穴を数ヵ所あけた細くて小さな丸木が道に転がっていた。穴のひとつは木の栓でふさいである。簡単に見落としてしまいそうな木切れなのに、馬夫は用心深くそれをまたいで通り、馬にも踏ませない。栓をした穴にはどこかの家に病をもたらした鬼神が、ムダンつまり呪術師の魔術で閉じこめられている!   通行人はこの丸木をまたいで通るのが正しい。日暮れとともに丸木は土に埋められる。
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