では啓蒙活動:日本の善政
投稿者: netuzouhanntai 投稿日時: 2003/09/18 23:09 投稿番号: [87304 / 232612]
韓国の教科書に載らない日本の善政
その1
総督府による農業政策の成功で飢饉がなくなり餓死者がでなくなったことと、近代医療・衛生制度の導入で伝染病死が減ったうえ乳幼児死亡率の低下で人口が爆発的に増加していった。 (なんと植民地36年で倍増)
朝鮮半島では疫病が頻繁に流行し多くの死者がでた。
「歪められた朝鮮総督府」 黄文雄 1998年 光文社
伝染病問題は、朝鮮半島で飢饉以上に頻繁に発生した。飢饉に続いて、連鎖的に疫病が襲いかかった。もちろん、それは朝鮮半島に限らず、中国大陸においてもそうであった。朝鮮半島では、17世紀の中葉ごろから、平均2.6年に1回の割合で疫病が大流行した。趙珠氏の『19世紀韓国伝統社会の変貌と民衆意識』198ぺージ)によれば、17世紀の中葉ごろ〜19世紀の中葉の間に、年間10万人以上の死者を出した疫病が6回もあった。1749年の全国大疫病では、死者50万人以上とも記録されている。「民乱」や「倭乱」、「胡乱」といった戦争以上に、朝鮮半島の人命を奪ったのは、ほかならぬこの疫病の大流行であった。著名な自由主義者で、植民地論者の新渡戸稲造は、「植民地経営の要は、衛生の改善にある」という植民地論を展開したほどである。
李朝は、天災と疫病のたび重なる発生をそのまま放置した。李朝末期となると、朝鮮の高官たちは、ほとんど政権争奪に明け暮れ、いわゆる「三政紊乱」‐−政治腐敗、官庁の綱紀紊乱、官吏の横暴が絶頂に達し、もはや治山、治水や疫病を退治する余力がなくなっていた。
日韓併合以前のソウル・釜山は極めて不衛生な都市だった。伝染病がしばしば起こり多くの人々が死亡した。
「韓国は日本人がつくった ―朝鮮総督府の隠された真実―」 黄文雄 2002年 徳間書店
「日帝」以前のソウルは世界一不潔な都市
…首都ソウルでさえ非常に不潔であった。当時の洋夷(西洋人)の目からみても、日本人からみても、日清戦争前のソウルは、世界一不潔な都市だったという。細井肇(朝日新聞記者・自由討究社創立)の「漢城の風雲と名士」(「政治史」第77巻、ペリカン社、豚犬的生活5)にある記述は比較的わかりやすいだろう。
『韓国内地を旅行すれば、路傍や街路中に累々たる黄金の花が場所も嫌わず狼藉と咲き乱れて居て、足の踏み場もなく潔癖者は一見その不潔と臭気に驚くのだ…。現に、この国の中央都会の地たる京城の如き、一名を真の帝都と緯号(あだな)されて居る程で、至る処人糞或いは牛馬糞を見ざる無で、紛々たる臭気は鼻を襲ひ眼を顰(ひそ)めぬ者とてはない。そこで京城市内を流れて居る川の如き各戸より、排泄する糞尿を混じ、その水は一種の黄色を帯び、ドロドロとなって居るなど、実に眼もあてられぬ光景で、洗濯などに遣って居る。なんと鼻持ちならぬ咄(はなし)ではないか。毎年夏期になると伝染病が流行し、その伝染病に罹(かか)る患者の多くは韓人で、非常なる大流行を極め何千人を驚かすは珍しくない……』
氏は、京城の糞は煙管(キセル)、虱(しらみ)、妓生(キ−セン)、虎、豚、蝿などとともに、韓国の七大名物として取り上げている。また、韓国の首都ソウルでもこの有り様なのだから「世界一の糞の国」だと称し、その糞を処理するのは犬と豚であるとも言っている。
「在日朝鮮人―歴史・現状・展望」 朴鐘鳴編 1995年 明石書店
日清戦争に従軍して朝鮮に渡った兵士の一人は次のように記している。『 …さらに驚きは、聞きしに勝る不潔である。道路は塵糞にておおわれ、不潔の大王をもって自ら任ずる豚先生、子分を引き連れ、人間どもを横目で睨みつつ、道路を横行する。臭気鼻をつき、嘔吐をもよおすなり… 』 (浜本利三郎著・地主愛子編「日清戦争従軍秘録」青春出版社1972年)
総督府による農業政策の成功で飢饉がなくなり餓死者がでなくなったことと、近代医療・衛生制度の導入で伝染病死が減ったうえ乳幼児死亡率の低下で人口が爆発的に増加していった。 (なんと植民地36年で倍増)
朝鮮半島では疫病が頻繁に流行し多くの死者がでた。
「歪められた朝鮮総督府」 黄文雄 1998年 光文社
伝染病問題は、朝鮮半島で飢饉以上に頻繁に発生した。飢饉に続いて、連鎖的に疫病が襲いかかった。もちろん、それは朝鮮半島に限らず、中国大陸においてもそうであった。朝鮮半島では、17世紀の中葉ごろから、平均2.6年に1回の割合で疫病が大流行した。趙珠氏の『19世紀韓国伝統社会の変貌と民衆意識』198ぺージ)によれば、17世紀の中葉ごろ〜19世紀の中葉の間に、年間10万人以上の死者を出した疫病が6回もあった。1749年の全国大疫病では、死者50万人以上とも記録されている。「民乱」や「倭乱」、「胡乱」といった戦争以上に、朝鮮半島の人命を奪ったのは、ほかならぬこの疫病の大流行であった。著名な自由主義者で、植民地論者の新渡戸稲造は、「植民地経営の要は、衛生の改善にある」という植民地論を展開したほどである。
李朝は、天災と疫病のたび重なる発生をそのまま放置した。李朝末期となると、朝鮮の高官たちは、ほとんど政権争奪に明け暮れ、いわゆる「三政紊乱」‐−政治腐敗、官庁の綱紀紊乱、官吏の横暴が絶頂に達し、もはや治山、治水や疫病を退治する余力がなくなっていた。
日韓併合以前のソウル・釜山は極めて不衛生な都市だった。伝染病がしばしば起こり多くの人々が死亡した。
「韓国は日本人がつくった ―朝鮮総督府の隠された真実―」 黄文雄 2002年 徳間書店
「日帝」以前のソウルは世界一不潔な都市
…首都ソウルでさえ非常に不潔であった。当時の洋夷(西洋人)の目からみても、日本人からみても、日清戦争前のソウルは、世界一不潔な都市だったという。細井肇(朝日新聞記者・自由討究社創立)の「漢城の風雲と名士」(「政治史」第77巻、ペリカン社、豚犬的生活5)にある記述は比較的わかりやすいだろう。
『韓国内地を旅行すれば、路傍や街路中に累々たる黄金の花が場所も嫌わず狼藉と咲き乱れて居て、足の踏み場もなく潔癖者は一見その不潔と臭気に驚くのだ…。現に、この国の中央都会の地たる京城の如き、一名を真の帝都と緯号(あだな)されて居る程で、至る処人糞或いは牛馬糞を見ざる無で、紛々たる臭気は鼻を襲ひ眼を顰(ひそ)めぬ者とてはない。そこで京城市内を流れて居る川の如き各戸より、排泄する糞尿を混じ、その水は一種の黄色を帯び、ドロドロとなって居るなど、実に眼もあてられぬ光景で、洗濯などに遣って居る。なんと鼻持ちならぬ咄(はなし)ではないか。毎年夏期になると伝染病が流行し、その伝染病に罹(かか)る患者の多くは韓人で、非常なる大流行を極め何千人を驚かすは珍しくない……』
氏は、京城の糞は煙管(キセル)、虱(しらみ)、妓生(キ−セン)、虎、豚、蝿などとともに、韓国の七大名物として取り上げている。また、韓国の首都ソウルでもこの有り様なのだから「世界一の糞の国」だと称し、その糞を処理するのは犬と豚であるとも言っている。
「在日朝鮮人―歴史・現状・展望」 朴鐘鳴編 1995年 明石書店
日清戦争に従軍して朝鮮に渡った兵士の一人は次のように記している。『 …さらに驚きは、聞きしに勝る不潔である。道路は塵糞にておおわれ、不潔の大王をもって自ら任ずる豚先生、子分を引き連れ、人間どもを横目で睨みつつ、道路を横行する。臭気鼻をつき、嘔吐をもよおすなり… 』 (浜本利三郎著・地主愛子編「日清戦争従軍秘録」青春出版社1972年)
これは メッセージ 87294 (hangyosyufu さん)への返信です.