小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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では啓蒙活動:日本の善政1

投稿者: netuzouhanntai 投稿日時: 2003/09/18 23:11 投稿番号: [87305 / 232612]
醜い韓国人」   朴泰赫   1993年   光文社
当時の韓国を訪れた外国人は筆をそろえて、いかに不潔だったかに、驚いている。

ビショップ夫人は「ソウルは汚ないことと臭いことでは、世界一である」と書いている。『25万人の同市民は地上に瓦または藁を並べた一階屋の下に潜り込んで生活している。いや、不潔な道路に蠢動(しゅんどう)していると形容したほうがよいだろうか。その道路は広くても二頭の馬が並ぶことができない。狭いところで一人の荷を担いだ者が往来を塞いだほどである。路傍には悪臭が芬々(ふんぷん)とする溝があり、路面は埃まみれの半裸体の子供と、獰悪(どうあく)な犬とによって占領せられている』

『市街の中心を西から東へ流れる下水道は、市中の汚水を夜に昼に絶えず城外に排泄している。そのために下水道の泥は真っ黒で幾世の昔からの濁水によって染められ悪臭を空中に放散して旅人を悩ましている』

『南山の中腹に日本公使館があるが、木造で白塗りの建物としてはあまり感心できない。その麓に日本人居留地があり、約五千人の日本人が小さな天地をつくっている。料理店もあれば、劇場もある。朝鮮人町と反対に清潔でよく整って気持ちがよい』   (「三十年前の朝鮮」バード・ビショップ   1925年)


「炎は流れる   第3巻」   大宅壮一   昭和39年   文藝春秋
統監府の外務部長として赴任した小松緑の書いたものによると、
『京城の町なかでさえも、家という家はみんな額のつかえそうな低い屋根に泥ぬりの荒壁というありさま。それに道路がせまい上に、石塊出没して凹凸状をなし、そのそばの土溝(どぶ)には、たれ流しの糞尿が縦横にあふれ、汚臭紛々として鼻をつき、息もつけない。この穢路(わいろ)の奥にあった一軒の日本家が著者の借住居であった。そこへ統監府から時々書類をもって往復する小使でさえ、通るたんびに命がちぢまるといっていたくらいだから、その非衛生的穢状が察せられるであろう』
そこで、何かの折りに、小松は伊藤博文にそのことを話したが、
『やせてもかれてもここは王城の地だ。そんなことがあるものか』
といって信じなかった。だが、たまたま小松の家で催された囲碁の会に博文が出席して、小松の話がウソではないことを知り、さっそくツルの一声で、統監官邸のある南山のふもとに、日系官吏のために官舎が建てられることになったという。


「悲劇の朝鮮」アーソン・グレブスト   (高演義・河在龍訳   1989年   白帝社)
釜山で朝鮮が私に与えた第一印象は、さほどいいものではなかった。道は狭く不潔で、家屋は低くて見栄えがしなかった。日本のように人目を引く商店や、古い寺などもない。四方から悪臭が漂い、戸外にはごみが積もり、長い毛をだらりと垂らした犬が集まってきては食べ物をあさっている。あちこちに乾上った下水道があるが、そのべとべとした底ではいろんな汚物が腐りかけている。そしてその中で髪の毛の長い子供たちが遊んでいる。朝鮮の海辺の村落を通り抜け、車夫らは道がより広く比較的きれいな、日本風の市街地へ向かった……



不衛生な環境であったため疫病がたびたび流行したが、医学の立ち遅れていた朝鮮では、病気治療や伝染病予防は迷信にすがるしかなかった。
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