埋もれた「拉致」救え
投稿者: sitteirukedo 投稿日時: 2003/09/16 02:48 投稿番号: [86931 / 232612]
海と製鉄所を見渡す高台。北九州市八幡東区の住宅街にある一軒家の勝手口近くの壁には、古い茶色の時計が掛かっている。針はもう動かない。
「あの子が初めてのお給料で買ってくれた。ずっと大事に使ってきたんです」
加藤アヤさん(78)は、壊れた時計を外さない理由を明かす。「あの子」とは、5人の子供の2番目の長女、久美子さん。もう33年前、1970年8月8日の朝、市内の勤務先に出勤したのを最後に、突然行方がわからなくなってしまった。22歳だった。
家出をする理由は見当たらず、警察に届け出たが、手がかりは全くつかめなかった。
末弟で愛知県豊田市に住む会社員の加藤博さん(49)は、昨年9月の日朝首脳会談の直後、久美子さんの写真を「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)に持ち込んだ。事件の報道を見て「もしかしたら姉も」と思ったからだ。久美子さんの名前は、2月に公表された行方不明者リストに掲載された。
「北朝鮮で生きているのでは」という一筋の希望は、今、家族の間で確信に変わりつつある。
現在はソウルに住んでいる北朝鮮の元工作員、安明進(アンミョンジン)氏(35)が、リストに添えられた久美子さんの写真を指さして、こう証言したからだ。
「1990年ごろ、平壌の金正日政治軍事大学で、横田めぐみさんと一緒にいた女性に似ている。日本語を教える講師をしていた」
行方不明の時期は、日本政府が認定している10件15人の被害者の拉致の時期より少なくとも7年は早い。安氏の証言以外に補強材料もない。しかし、「平壌で横田めぐみさんらしい女性を目撃した」と97年に最初に証言したのも安氏だった。横田めぐみさんが拉致されて平壌にいたことは、今や北朝鮮側も認めている。
病床で伏せがちだった久美子さんの父、福次郎さん(84)は「娘と会うまでは死ねない」と声を振り絞る。
http://www.yomiuri.co.jp/features/eank/200309/ea20030914_r04.htm
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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