小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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ようこそ工作員か総連関係者殿!3

投稿者: netuzouhanntai 投稿日時: 2003/09/14 14:43 投稿番号: [86657 / 232612]
マッコイ将軍の言葉の中の、まづ治安が確立し、見渡す山河が青くなつたのは寺内(総督)の武断政治と植林政策の為であり、水田耕作が拡大されて、もとの海中にまで稲が稔るに至つたのは、斉藤(総督)・下岡の産米増殖企劃(きかく=企画)であり、そのころ急に工業地の煙突から活発な煙を吐くに至つた事実は宇垣(総督)産業開発政策の為であつた。併合当時僅か八百四十万石の生産に過ぎなかつた米が、やがて二千五百万石を算するに至り、毎年平均八百万石を日本内地へ移出し、その代金で朝鮮の人々は安価で豊富な衣料、金物、雑貨その他の生活物資を整えることが出来た。又新工場が次々と設立されて行つたから、世界一の自然増加をもつ人口をも吸収することが出来て行つたのである。

人口の自然増加の比率は、そのころ日本が世界一であつたが、その本土よりも朝鮮の方がやや高率であり、併合時一千三百万の人口が、終戦当時三千万近くに殖えてゐた。だから、日本にとつて人口問題の解決は、朝鮮は全然その対象にはならなかつたのである。何故かならば日本人が朝鮮に住んでゐる数と、朝鮮人が日本に入国してゐた数とは、つねに匹敵し、時に朝鮮人の方が優勢であつたからである。人口の急激な増加は、未開国に平和と産業を与へ、衛生施設が上昇したときに起る現象であることは、今更言ふまでもあるまい。その培養経済政策による生産の上昇は平均して二百倍に達し、鉱工品の如きは物によつて五百倍、五千倍に達し、全くの無から有を生む尨大(ぼうだい)な生産品も現はれて来た。

ただ学校の数はいつの時代にも足りなかつた。由来朝鮮人は古い文化をもつことを誇りとする民族だけに、教育についてはつねに熱心であつた。平和と安定がつづいたために勃然として教育熱が起こつて来たが、予算の関係と、高等遊民の問題とがからまつて、下は小学校から上大学に至るまで、その拡張が朝鮮人の希望する様に出来なかつたことは気の毒であつた。教育の為なら金はいくらでも出すといふ民風であつたから、私立学校を許せばまだまだいくらでも学校の拡張は出来たであらうが、私学が民族主義と共産主義の温床となることを恐れて、之を極度に制限した。従つて根本的には培養と融和、一視同仁でありながら、文化政治の基本となるべき学校問題で差別をつけ大学の入学比率を設けたり、小学校の校舎や教師が足らず折角の向学熱を押へる様な結果になつて了(おわ)つたのだ。但(ただ)歴代総督の教育方針は、まづ義務教育を一日も早く完成し、徹底的に文盲退治をやり、その上高等教育を完全平等の域に進めるつもりで、差別をしたり制限を設ける意図は全然なかつたが、辛うじて補給金で賄つて来た予算の関係で漸進主義で行くより外に途がなかつたのだ。
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