日本統治時代
投稿者: usotuken21 投稿日時: 2003/09/06 15:20 投稿番号: [85446 / 232612]
本統治時代になって明るくモダンになったソウル。特に女性を比較していただきたい。まさに隔世の感がある。
「京城ローカル・春の巻」
1938年
京城ローカル社
(「ソウル都市物語」
川村湊
2000年
平凡社新書より)
街の表情(京城)三越前から
カールもあざやかなモガ(モダンガール)が足をのばしてぺーブメントを踏む、水々しい高島田を真白い顔に乗せてゲイシャガールが人力車に乗つて悠々と行く、チマをスカート風にきりつとさせて、ハイヒールの朝鮮の娘さんが颯爽と行く、白いツルマキを着込んだオモニーがゐる支那人がゐる、アメリカ人がゆくそしてまた、彼氏彼女がゐる。まこと本町は流れる人の波に明けて暮れる。あの狭い、ウナギの寝床みたいな街といふなかれ、大阪なら心斎橋通りといつた感じではないか。先づ本町をブラブラしやうといふ者は、定石に従へば電車も自動車も鮮銀と三越と郵便局とに囲まれた広場に降りる、この辺りは京城のセンターである。ビルディングがずらりと南大門通りの街をつくつて、近代的文化都市らしい香ひを発散、南大門方面から来た電車は、黄金町から東大門行と鍾路から東大門行とがチャンポンにチンチンいはせる、北へは長谷川町が大平通りに抜ける。(中略)「デパート」といふ言葉は現代人の感覚に快い響きを伝へて魅惑的である。数百といふ美しい結婚適齢期のショップガールが、明るい照明の売り場に水々しいフルーツのやうな新鮮さで溌剌と商品の渦の中を泳いでゐる。丘のやうに積まれ、手際よく飾られた商品のモードがそれぞれ媚態的ポーズで演じ出すデモンストレーション…
少なくとも、ソウルが日本時代になって発展したのは、誰も否定することはできない。
これは メッセージ 85444 (yougaku_listener さん)への返信です.
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