小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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歴史の嘘 隠れた歴史1

投稿者: usotuken21 投稿日時: 2003/09/06 14:55 投稿番号: [85435 / 232612]
親日派のための弁明」   金完燮    荒木和博・荒木信子訳   2002年   草思社
対韓請求権と対日請求権 (灰色文字は管理人注)

日本の天皇が降伏宣言をした1945年8月15日、朝鮮には60万の日本人が居住しており、日本にはおよそ200万人の朝鮮人が暮らしていた。朝鮮半島の38度線を境に北側にはソ連軍が、南にはアメリカ軍が進駐し日本軍を武装解除させ、占領地帯として軍政をはじめた。この過程で米軍は、1945年12月19日に「米軍政法令第33号=帰属財産処理法」を制定し、韓国内にある日本の財産をすべてアメリカ軍政庁に帰属させ、日本人はその財産を没収したのち日本に追放した。北朝鮮でもおなじ措置がとられた。日本人は故郷を離れて10年、長くは30年以上苦労して基盤を築いた朝鮮半島から、日本出身という理由だけで無一文の乞食となって追い出された。日本は敗戦国であり、このような措置に抗議できるはずもなく、1951年に日本の独立を決定したサンフランシスコ講和条約でも、これについてなにひとつ抗議できなかった。アメリカ軍政庁とソ連占領軍によって押収された日本人の財産は、政権の樹立とともに韓国政府と北朝鮮政府に委譲され、韓国ではこの財産に敵産(敵の財産)という名前をつけて権力者が分けあった(敵産払下げ)。

敗戦後、朝鮮半島にいた日本人は長い歳月をかけて築きあげた財産を奪われて日本に追放されただけでなく、朝鮮人に殺害されることさえあった。国そのものを喪失し、アメリカ軍の統治を受けていた日本はこうした犯罪行為にたいして、ひと言も抗弁できず、1952年にふたたび主権を回復したのち、ひとつふたつと資料を取集し、ようやく実態を把握できた。これはいってみれば35年間財産をわけずに暮らしでいた夫婦が別れることになったのと似ている。朝鮮が日本から独立するにあたっては、取り決めるべき点を公正に話しあって合意に達する過程が必要だった。だが残念ながら日本は発言を封じられた状態だったので、一方的に日本側に不利な結果になったといえる。その後、国交樹立のため韓日会談が開かれたとき、韓国側ではこうした日本の立場に配慮し、日本人殺害と財産剥奪にたいしては謝罪するかあるいは最低限、遺憾の意を表明しなければならなかった。そして私たちを朝鮮王朝の圧政から解放し、多額の資金と人材を投入し文明開化させてくれたことにたいして、公式に感謝の気持ちを伝えなければならなかった。そのあとで日本人が納得できる誤ちを指摘し、また韓国人の誤ちも認めて、たがいに信頼を築き理解しあってこそまともな交渉が可能なのだ。しかし韓国側はこれまで自分たちの誤ちをまったく認めず、朝鮮の文明開化と近代化にたいする日本の貢献と成果を無視したままだ。むしろ朝鮮が被害者だと一方的な主張を述べたてるだけであり、こういう状態では韓日関係の緊張が緩和することを期侍するのは容易ではない。
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