>>朝鮮人と日本人の性格が似てるって!
投稿者: usotuken21 投稿日時: 2003/09/02 17:29 投稿番号: [84830 / 232612]
事実を知れ、朝鮮人なんて全く生産的な民族かない!!民族性まで捏造するな!!
「日韓2000年の真実」 名越二荒之助 平成9年 国際企画
◇ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙より
『韓国は多年、その自主独立の政治が出来なくて、過去数世紀の間、支那の宗主権を承認していた。日本がこれを、その境遇から救った後は、日・ロ間の係争地であった。ついで、日本は、またまた、これをロシヤの圧迫から脱けさせるや、財政に、行政に、日本の忠言指導を受けることになり、外交のことは、挙げてこれを、日本にまかせた。それ以来、韓国は、少なくとも露・仏・英諸国が、その付属国民に対すると同様の恩恵に浴するに至った。けれども、近来、韓国は、いたずらに名を無実の独立国に借りて、陰謀、姦計を弄し、隣国の激怒を招き、威喝、否戦火を蒙った。これが、実に、日清、日露の二大戦役を実現したゆえんである。ここでこそ韓国の地位に、根本的な改革を加え、それによって禍根を除去するより外はない。……故に吾人は、日本保護の下における韓国に対し、喜んで、そのいわゆる独立に永遠の離別を告ぐるものである』
◇洪鐘宇 青柳綱太郎著「李朝史大全」より
洪鐘宇はフランス帰りの開化派として国王の命令で金玉均に近づきました。そして金玉均をうまく上海に連れ出して暗殺に成功し、帰国するや平理院裁判長に栄進しました。また、独立協会(開化派)の勢いが盛んになったとき、洪は皇国協会の会長としてテロ団を組織して弾圧の急先鋒となりました。このように反日派として政界の汚れ役を任じた彼でした。やがてその彼が国王の過失を非難したために、遠ざけられてしまいました。彼はかねてから「京城新聞」の主幹であった日本人の青柳綱太郎と親しくしていました。彼は青柳に対して、次のような本音を漏らすようになりました。
『こんな国王を戴きながら、韓国が滅びないのは僥倖(幸運)だ』 『韓国も今や末路である。亡びざる国はなく、四千年の旧邦も今は断末魔に近づいている。一進会員ならざるも庶民はこのうえ塗炭の苦しみにまみれたくなかろう。むしろ、日本は速やかに併合して日本天皇陛下の政によりて1200万国民が蘇生する事を得れば、国は亡んでも亡び甲斐ありと言わねばならない』
一貫して韓国王の意図に従ってきた人物の発言だけに痛烈です。
◇李成玉 「李完用候の心事と日韓和合」より
李成玉は、朝鮮時代、全権公使としてアメリカに行きました。彼が各民族に接してみると、朝鮮人は、米国人に軽蔑されているアメリカ・インディアンよりも劣り、その他メキシコ、インド、ポーランドなどの民族よりも劣っていることを知り、衝撃を受けます。そして次のように述べています。
『現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての体面を保つことはできない。亡国は必至である。亡国を救う道は併合しかない。そして併合相手は日本しかない。欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本人は違う。日本人は日本流の道徳を振り回してうるさく小言を言うのは気にいらないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。そして、日本は朝鮮人を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。それ以外にわが朝鮮民族が豚の境遇から脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。日韓併合が問題 になるのは、変な話だ。我が輩の併合観は、欧米人の朝鮮民族観を基に考察したのだ』
◇朴栄竽(ぼくえいきつ) 「五十年の回顧」より
朴栄竽は、併合前の明治35年に日本の陸軍士官学校に入校し、帝国陸軍少佐を経て日本統治時代に道知事にまでなった人です。彼はその著「五十年の回顧」(昭和4年)の中で、日韓併合による韓国滅亡を次のように教訓化しています。
『公平無私なる観察を下すときは、いくら日本の朝鮮統治に反対しても善政は善政に相違なく、如何に伊藤(博文)公を毛嫌いしても公の真意には感謝せざるを得ない、とはある評者の言であった。究竟するに韓国を亡ぼしたのは日本でもなければ之を責めるにも当たらぬ。また当時の李完用始め自余の責任者でもなければ之を攻撃するの必要なし。詮ずるところ、その責任は二千万同胞にあるのである。思うに韓国自体が独立の要素を欠き、独力独行することが出来なかったためであって、古今問わず韓国国民全体が無気無力為す事なかりしの致すところであって、まことに自ら招ける禍であると云わねばならぬ。日露戦後、日本は前例に鑑み(日清戦争後の処理を指す)韓国の保護啓発に努力したるも韓国の上下は少しも日本の誠意を理解せず陰謀を策し、詭謀を企て陰に陽に敵対行動を取ったので日本はついに止むを得ず最後の手段として日韓併合を断行するに至った。・・・今日あるは自業自得であると云わねばならぬ』
「日韓2000年の真実」 名越二荒之助 平成9年 国際企画
◇ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙より
『韓国は多年、その自主独立の政治が出来なくて、過去数世紀の間、支那の宗主権を承認していた。日本がこれを、その境遇から救った後は、日・ロ間の係争地であった。ついで、日本は、またまた、これをロシヤの圧迫から脱けさせるや、財政に、行政に、日本の忠言指導を受けることになり、外交のことは、挙げてこれを、日本にまかせた。それ以来、韓国は、少なくとも露・仏・英諸国が、その付属国民に対すると同様の恩恵に浴するに至った。けれども、近来、韓国は、いたずらに名を無実の独立国に借りて、陰謀、姦計を弄し、隣国の激怒を招き、威喝、否戦火を蒙った。これが、実に、日清、日露の二大戦役を実現したゆえんである。ここでこそ韓国の地位に、根本的な改革を加え、それによって禍根を除去するより外はない。……故に吾人は、日本保護の下における韓国に対し、喜んで、そのいわゆる独立に永遠の離別を告ぐるものである』
◇洪鐘宇 青柳綱太郎著「李朝史大全」より
洪鐘宇はフランス帰りの開化派として国王の命令で金玉均に近づきました。そして金玉均をうまく上海に連れ出して暗殺に成功し、帰国するや平理院裁判長に栄進しました。また、独立協会(開化派)の勢いが盛んになったとき、洪は皇国協会の会長としてテロ団を組織して弾圧の急先鋒となりました。このように反日派として政界の汚れ役を任じた彼でした。やがてその彼が国王の過失を非難したために、遠ざけられてしまいました。彼はかねてから「京城新聞」の主幹であった日本人の青柳綱太郎と親しくしていました。彼は青柳に対して、次のような本音を漏らすようになりました。
『こんな国王を戴きながら、韓国が滅びないのは僥倖(幸運)だ』 『韓国も今や末路である。亡びざる国はなく、四千年の旧邦も今は断末魔に近づいている。一進会員ならざるも庶民はこのうえ塗炭の苦しみにまみれたくなかろう。むしろ、日本は速やかに併合して日本天皇陛下の政によりて1200万国民が蘇生する事を得れば、国は亡んでも亡び甲斐ありと言わねばならない』
一貫して韓国王の意図に従ってきた人物の発言だけに痛烈です。
◇李成玉 「李完用候の心事と日韓和合」より
李成玉は、朝鮮時代、全権公使としてアメリカに行きました。彼が各民族に接してみると、朝鮮人は、米国人に軽蔑されているアメリカ・インディアンよりも劣り、その他メキシコ、インド、ポーランドなどの民族よりも劣っていることを知り、衝撃を受けます。そして次のように述べています。
『現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての体面を保つことはできない。亡国は必至である。亡国を救う道は併合しかない。そして併合相手は日本しかない。欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本人は違う。日本人は日本流の道徳を振り回してうるさく小言を言うのは気にいらないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。そして、日本は朝鮮人を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。それ以外にわが朝鮮民族が豚の境遇から脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。日韓併合が問題 になるのは、変な話だ。我が輩の併合観は、欧米人の朝鮮民族観を基に考察したのだ』
◇朴栄竽(ぼくえいきつ) 「五十年の回顧」より
朴栄竽は、併合前の明治35年に日本の陸軍士官学校に入校し、帝国陸軍少佐を経て日本統治時代に道知事にまでなった人です。彼はその著「五十年の回顧」(昭和4年)の中で、日韓併合による韓国滅亡を次のように教訓化しています。
『公平無私なる観察を下すときは、いくら日本の朝鮮統治に反対しても善政は善政に相違なく、如何に伊藤(博文)公を毛嫌いしても公の真意には感謝せざるを得ない、とはある評者の言であった。究竟するに韓国を亡ぼしたのは日本でもなければ之を責めるにも当たらぬ。また当時の李完用始め自余の責任者でもなければ之を攻撃するの必要なし。詮ずるところ、その責任は二千万同胞にあるのである。思うに韓国自体が独立の要素を欠き、独力独行することが出来なかったためであって、古今問わず韓国国民全体が無気無力為す事なかりしの致すところであって、まことに自ら招ける禍であると云わねばならぬ。日露戦後、日本は前例に鑑み(日清戦争後の処理を指す)韓国の保護啓発に努力したるも韓国の上下は少しも日本の誠意を理解せず陰謀を策し、詭謀を企て陰に陽に敵対行動を取ったので日本はついに止むを得ず最後の手段として日韓併合を断行するに至った。・・・今日あるは自業自得であると云わねばならぬ』
これは メッセージ 84817 (kurakurashichau さん)への返信です.